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『一夜限りの魔法使い』

その日の風は

空へと吸い込まれるような不思議な風だった。


部活で遅くなり、夕日が落ちた駅からの帰り道。

自転車を漕ぎながら空を見上げる。

自宅のマンションに近づいた時『違和感』に気付いた。

「月……でかくね?」

10階建てマンションを飲み込むような大きさだった。

スーパームーンとか言うんだっけ?

そう思いながら駐輪場に停めた。


上を見るとベランダから月を見ている人が何人か居る。

「ニュースでやってたかな?」

ニュースはあまり見る方では無い。

しかし、最近は自然現象をTVが騒ぐから自然と耳に入る気がする。


「ただいま~疲れた~」

玄関を開けて部活バッグを棚に置く。

「おかえり~月見た?軌道がズレちゃったらしいわよ」

母が興奮して鼻息を「ふんっふん」鳴らしながら言う。


「軌道がズレた?大きく見えてるだけかと思った」

早く来なさいとリビングのTVまで手をひかれる。


『原因不明ですが月の軌道が変わりました。政府は「ただちに影響はない」と発表しています』

延々と同じような内容を繰り返している。

母は「大ニュースだ」と目をらんらんとさせてるが、私は飽きた。


リビングの窓を開けサンダルを履く。

他の住民と同じように柵に肘を置いて月を見上げた。

「まぁ大きいな」

3分ほど見たが『うさぎが見やすくなった』くらいしか分からなかった。


――


室内に戻ると

夕飯を食べたり、風呂に入ったり、いつも通りの日常を過ごした。

しかし、部屋でスマホをイジっていると外が騒がしくなる。


ふと目の端で何かが横切った気がする。

視線を窓に向けると――

「えっ……」

近所の子供が空を飛びながら笑っていた。


慌てて部屋から出て、またベランダへ向かう。

人や車が空を飛び回っている。

ホウキにまたがって記念写真を撮っている人さえ居る。

意味が分からない、夢でも見てるのか?


「ねえねえ!ちょっと来てー」

キッチンから母の声が聞こえる。

室内へ戻るとそこも不思議な世界だった。


母が指先から炎を出したかと思うと、お湯が一瞬で沸く。

ポットが羽のようにパタパタと動いて、テーブルへ向かう。

ティーバッグがポットに飛び込み「私を飲んで」としゃべった。

「私魔法使いになっちゃったかも?」

母が昔の魔女っ子アニメのポーズをして言う。

年を考えないとちょっとキツイぞ。


「魔法って……」

私の脳みそは冷静に分析してこう告げる。

『各部のディテールが細かすぎるから夢では無い』

夢にありがちなフワフワ感が無い。

部屋の間取り、カレンダーの日付、床の傷。

全てが現実の物だ。


しばらくポカーンと立っていると妹が部屋から出てきた。

「ねぇ!魔法使えるんだけど!」

部屋から出てきた妹は歩いてさえいなかった。

空中を浮遊しながらリビングへと飛んで来る。


「夢なら醒めてくれ……」

いつも通りの家族のテンションに、ついて行けず頭を抱える。

いつも家でツッコミは私だけの『ボケボケツッコミ』環境だ。

今日は魔法も追加されて更に酷い。


――


魔法の使い方は簡単だった。

『それを使おうと思えばいい』


たぶん世界で最初に魔法を使った人は「信号が全部青なら良い」と願った。

その人に向いている信号は全て青になり――交差している人達は全て赤になった。

交差する人達は思った「信号の故障か?こんな時に空を飛べれば良いのに」

世界中で車が飛び始めた。


車だけでなく歩行者も飛んで、空は超立体道路になった。

子供達は低空を飛び、大人達は中間を飛んだ。

自然と空にも棲み分けが出来る。


「私も乗るしかない、このビッグウェーブに」

意を決してベランダで手を広げる。

風がふわりと下から舞い身体を優しく押し上げる。

最初は足元がふらついて怖かったけど、気づけば夢中になる感覚だ。顔に当たる風が心地いい。


少しずつスピードを上げて行くと、思わず笑みがこぼれた。

「うわっ……ヤバ……」

マンションの間をすり抜ける。

風の音が耳元で「ひゅー」と鳴っている。

まるで鳥になったみたい。


下界を見ると、光魔法で花火を打ち上げて遊んでいる。

ハート型だけでなくドラゴン型や文字など、さながらドローンショーのようだ。

笑い声が街中に溢れている。

街全体がカラフルに光り輝き、遊園地みたいだった。


私も指先を空中に向けてみると――

光のキラキラが線のように飛んで行き空中で弾けた。

なるほど!これは面白い


夢中になって遊んでいると

街の上空に政府からの会見が映し出された。

「月の軌道がずれた影響で、マナと呼ばれる未知のエネルギーが……」

偉そうな先生がフリップで解説していた。

さっぱり分からない。


やがて誰かが飽きたのか、映像は花火に変化させられキレイに弾けた。弾けた先の空に月が大きく見える。



月が近づくだけでこんな事になるなんて――

この夜がずっと続けばいいのに。


――


しかし、

何かが音を立てずに狂い始めた。

空を飛んでいたら「ガクン」と高度が落ちる

「あれっ?大丈夫か?」


周りに飛んでいた物達も、ゆっくり高度が下がり始める。

子供が自転車置き場の屋根に着地して、降りられず泣いている。

花火が上ではなく横向きに飛び、建物や道路を光らせ始めた。


無重力に近いような、地面を感じにくい変な感覚がする。

「重力が変わった?」

先ほどまでバラエティムードだったニュース。

緊急報道になって、アナウンサーがヘルメットを被りだした。


街の灯りが点滅する。

空に浮かぶ月が更に大きく見える。


――月が、落ちてくる。


――


魔法が産まれた理由は月の軌道のずれ。

魔法が不安定になった理由も月の軌道のずれ。


マナの使用量が急に増え、磁石がくっつくように月が地球に吸い寄せられた。

2つの天体が近すぎて、マナも不安定になっている。


物理的にも、住み慣れた地球の重力では無くなっていた。


――


『海の潮位が上がっており海沿いの方は避難して下さい』

『プレート変動により地震発生の可能性が高まり――』

『ただちに影響はないという発言について説明は――』

TVが今まで以上に騒がしくなり始めた。


私は魔法を使うのを止めて、リビングで家族と固まる。


「どうしよう……さっきまで楽しかったのに……」

泣きそうな妹の頭にそっと手を置く。

「大丈夫!たぶん何とかなる……かも」


TVの番組がNASAからの緊急生中継に変わる。

『月が近づいており、このままだと地球に衝突します』

『現実には映画のようにロケットでは間に合いません』

『フィクションで無いと解決出来ない問題です――そう!魔法のようなね!』

アメリカ的な喋り方をする言葉を、無感情に同時通訳者の日本語で伝えられる。


魔法のようなちから


止めるしかない



この夜

世界中の人々が魔法を手にした。

それを1つに合わせることができたら――


――


日本時間深夜。街は静まり返っていた。

しかし、子ども達でさえ夜ふかしをして起きている。

今この瞬間は、昼夜関係なく世界中の人が起きているだろう。

街中は物音がしないのに、新年を待つ時のような『異様な興奮』が充満している。


そして

空は輝きに満ちていた。


魔法を使い――月を押し戻す

人間が出来る最後の手段だった。

ここまで文明が発展して、最後に魔法頼みとは何とも情けない。


――


家族と共にベランダから月を見る。

空の半分ほどまで大きくなった月。

もはや、見上げなくても自然と視界に入って来る。

辺りは虹色に光り、マナの光子が可視化され天の川のようにキレイに見える。


横を見ると母は静かに頷く、妹も震えながら私の手を強く握っていた。

「みんなが魔法を使うって」

「うん。みんなの力を合わせれば何とかなる……かも」


『ピッピッピッポーン』

防災無線を使って作戦開始の合図が全国に流れる。

いや――全世界で同時に流れた。



私は深く息を吸い手のひらを広げる。

体中に満ちていたマナが手のひらに集まるのを感じる。

うちの家からは3人分の光球が空へと放たれる。

隣の家からも、それぞれの家から光球が飛び出す。

空に巨大な太陽のような『虹色に輝くマナの塊』が形成される。


魔法の光が海を越え、山を越え、街から街へと広がっていく。

願い、歓声、祈り、涙。

光となり世界中の空を埋め尽くした。

みんなのマナ(元気)がちょっとずつ集まった玉。


思いを乗せて月へ向かって飛び出す。

マナ玉の光が柔らかく月を包み込む。

落下速度は変わらないように見える。

失敗か……


「大丈夫、魔法を使える新人類ニュータイプは伊達じゃない!」

時間差で世界中のマナが光の筋となり次々と合流していく。

やがて月より大きな塊となり、月がゆっくりと押し戻されていく。


「やった!」

音楽ライブより凄い歓声があがった。

声にならない声が空間を埋め尽くす。

世界中で国も関係無く、敵味方も無く、ただ成功を喜んだ。


月は正しい軌道へと戻った。



それと同時に——

世界から魔法が消えた。




――

翌朝



街の喧騒は戻っていた。

人々は歩いて、自転車で、車で、地上を通勤通学し電車も満員。

しかし、空気が少し違っていた。


街行くみんなの顔が誇らしげだ。

やり切った。

誰もが物語の主人公だった。


私は満員電車に乗りながら考える。

ドアに押し付けられた窓の向こう、曇ったガラスに朝日が輝く。

「ああ、これが世界なんだな……」

変わらなくていい、もう十分。


昨日、世界が変わってしまったのは一瞬。

戻ってきたのはいつもの日常。

けれど、魔法が消えた事を誰も悲しんでいなかった。

普通の生活を噛みしめている。







一夜限りの魔法使いだった。

あの経験をするまで、誰もが魔法を使いたいと思っていた。





別に使えなくても良いんだ。

いつも通りの日常を楽しもう。

学校最寄りの駅に着き、ホームへと押し出されながらそう思う。

「そうだ!将来はエネルギー研究する科学者になろうかな」






たとえ魔法は消えても、この世界にはまだ未知の不思議が残ってる。











割と真面目に書いたのに、最後でネタ化し始めました。

前回は地球終わったので今回はハッピーエンド。


最近の短編設定として

主人公の性別を明記しない事で、どちらか好きな方で読める方式にしてます。短編ならではの実験。


ただし、お兄ちゃんとか言えなくなる

セリフ周りの感受性が落ちるため両刃な気がします。

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― 新着の感想 ―
内容もさることながら、主人公の性別を明記しない点も面白かったです。 あとがきを見るまで、一人称の代名詞が使われてなかったことに気付きませんでした (*/□\*) 因みに、私は主人公が男性でした。 …
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