時は昭和、~初めてのデイト~待ち合わせも大変だ
その日、由美子は定時で仕事を切りあげ会社を出た。
帰りに、デパートに寄るためだ。
デパートの閉店時間は18時。
「急げば30分くらいいられそう」
そう言いながら、由美子は急いで目的のデパートに向かった。
明日は祝日。
同僚の圭一に食事に誘われた。
これって、デートだ。
由美子は少しだけワクワクして明日、着ていく洋服を選びにデパートに来たのだ。
しばらく洋服を選んでいると、店内から「ホタルの光」が流れ始めた。
もう閉店の時間が近い。
「〇〇デパートは18時にて閉店でございます。
お買い物中のお客様はこのままごゆっくりお買い物をお楽しみください」
そんなアナウンスが流れる。
ゆっくり、って言ったって店員さんたちのなんだかソワソワしている様子を見たら、
のんびりしているわけにもいかない雰囲気だ。
由美子は慌てて見繕ったワンピースを買い求める。
店員さんが、お金を預かりレジをすませて品物を持ってきてくれるまで、
売り場でしばらく待つ。
「圭一君の好みだといいけど」
そう思いながら。
時は昭和50年代。
圭一と由美子は同期の入社だ。
同期といっても、営業職の圭一と事務職の由美子、立場は違う。
短大を卒業して就職した由美子には「一般職」といういわゆるOLの職を選択するしかなかったのだ。
同じ部署の二人、なんどか同期会や部内の飲み会で一緒になったことはある。
たまにお昼に会食したこともある。
でもただそれだけ、同僚以上でも以下でもない、と由美子は思っていた。
そんな時、由美子の事務机に折りたたんだメモが置いてあった。
そっと開いてみるとそこには、
「今度の祝日、お食事でもどうですか。11時に銀座駅、南改札を出たところで。 圭一」
と書かれていた。
由美子はうれしい気持ち半分、驚き半分で、部内の皆に食後のお茶を配った。
圭一の机に来た時、大きく頷きながら湯のみ茶碗を渡した。
これがOKの合図だ。
デート当日、
由美子はデパートで買い求めたワンピースを着て電車に乗る。
銀座までの経路は、駅の路線図で確認済だ。
乗換駅に着いたとき、駅構内でアナウンスが流れている。
「〇〇線、事故により現在運転を見合わせております」
そう言っている。
銀座に向かう路線だ。
迂回経路を探す由美子。
自分の知識と駅の路線図、それから駅員の助言が頼りだ。
電車を2つ乗り継げば銀座に向えることが分かった。
しかし待ち合わせの時間にかなり遅れてしまう。
圭一が電車遅延の事を知っていれば少しは待っていてくれるだろう、
そう思い、由美子は迂回の電車に急いだ。
2回目の乗り換え駅は、圭一も銀座に行くときに使う駅だ。
万一と思い、由美子は改札横にある掲示板に、
「〇〇線、事故で迂回銀座に向かう。遅れます 由美子」
こう書き込んだ。
事故の影響で迂回している人が多いのか、掲示板にはたくさんの伝言があった。
一旦改札を出てしまったので、切符を買いなおし再び銀座に向かう由美子。
待ち合わせ時間から1時間ほど遅れてようやく到着した。
南口には人が大勢、ごったがえしている。
由美子は圭一の姿を探すが、見つけられない。
駅のアナウンスが、
「ただいま南口改札、大変混雑しております。
立ち止まらないようお願いいたします」
そう繰り返していた。
この改札口付近にも、伝言用の掲示板があった。
ここもかなり多くの書き込みがある。
その中に、
「喫茶コロラドにいます 圭一」
というのがあった。
間違いない、圭一からの伝言だ。
由美子は駅を出ると喫茶コロラドを探した。
駅前にある、案内図をみるが見つけられない。
近所を見回しても、それらしき店はない。
「お巡りさんにでも聞いてみるか」
そう呟き、近くの交番に向かう由美子。
しかし、交番には何人もの人がいた。銀座は有名な繁華街でもあり
交番でお巡りさんの助けを求める人も多いようだ。
電話ボックスを見つけたので、そこで電話帳で「銀座 喫茶コロラド」の電話番号を調べた。
かけてみると、すぐにウエイトレスと思われる女性が出た。
店内に「田中圭一」がいないか探してもらうが、
「その方はいらっしゃらないようです」
そう言う答えだった。
「どこにいるんだろう」
仕方なく、周囲を見渡しながら歩き回る由美子。
しばらく歩いたところで、とあるビルに差し掛かった。
ビルの1階にには車寄せがあり、車を誘導している人がいた。
「あの、喫茶コロラドってこのあたりにありますか?」
由美子はその人に聞いてみた。
「ああ、コロラドね、このあたりには2軒あるよ、この道をまっすぐ行って右に入ったところと
向こうの突き当り」
その人はこのあたりの地理に詳しいようで、親切に教えてくれた。
そうかさっき電話かけたのは違う方の店だったかも。
そう思い、由美子はとりあえず近い方のコロラドに向かった。
さきほどの説明通りに進むと、目当てのコロラドはすぐに見つかった。
店内に入り、周囲を見渡す。
遮るものが多く、よく見えない。
「いらっしゃいませ」
とウエイトレス。
「待ち合わせなんですけど」
と言いながら更に、店の奥まで見渡すが圭一らしき姿はない、
その時、店内入り口にあったピンクの公衆電話が鳴った。
「はい、喫茶コロラドでございます」
と電話を取ったウエイトレスが、受話器の通話口を手で覆い、
「お客様の中に、 本田由美子様はいらっしゃいますか?」
と大きな声で言った。
「あ、それ、私です」
由美子が答える。
「田中様と言う方からお電話です」
と受話器を渡された。
電話口から、
「あ、由美ちゃん。そっちにいたんだね、
コロラドって2つあるって知らなくて、僕はもう一つの方に来ちゃってるんだよ、
今からそっちに行くから少し待ってて」
圭一の声が電話口からそう言った。
席に座り、しばらくすると圭一が店に飛び込んできた。
由美子を見つけると、ほっとした様子で、
「由美ちゃん、やっと会えた。
電車、事故だったんだって。乗換駅も混んでですごかったし銀座駅ももすごい人で。
南口改札で待っているわけにいかなくて、掲示板に書いておいたんだ。
まさか、コロラドが2軒あるとは思わなかったけど」
もう秋も深ったというのに圭一は汗だくだった。
「コロラド、覚えてない?初めて同期会やった時、帰りにお茶したとこ。
こっちじゃないけど」
そういえば、そんなこともあったっけ。
由美子はすっかり忘れていたのだ。
「じゃ、今度から待ち合わせに遅れる時はここのコロラドで待つ、ってことにしようよ。
30分待ってこなければ、ここで待ってるってことに」
圭一がさらっと言う。
「今度からって」
「今度もあるってこと」
「え、これって」
由美子は心の中で自問自答する。
でも、
「うん、そうしよう」
そう答えていた。
昭和50年代後半。
スマホもケイタイもネットもない、
デジタルなんて関係ないアナログな時代。
まだ秋を全身に感じられる日々が多かったころの若い二人の物語。