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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

Aはヒロイン

作者: 藍辺リサ



 白ウサギのTシャツを手に取ったAは、まじまじとそれを見定めています。しかし、気に入らなかったのか、くしゃっと丸めて放ってしまいました。Aはこだわり屋なのです。お洋服一枚買うにも、長い時間を必要とします。


 「弟の敵!」


 隣の家に住むお姉さんが店内に入ってくると、Aを猛スピードで追いかけ始めました。Aはその気迫に押され、訳も分からず逃げ出しました。捕まったら命の保証がないと感じたのです。


 さぁ、追いかけっこの始まりです。Aはアパレルショップを出て、メインストリートを駆けていきました。その後ろには罵詈雑言を並べるお姉さんが追いかけます。逃走劇は長いこと続きました。しかし、ある人物によってそれは終わりを告げたのです。


 お姉さんめがけて、ワンパンチ。お姉さんは道端にどさっと倒れました。


 「私の名前はチャールズ・ダンプティ」


 お姉さんを倒した人物はAに向けて、満点笑顔を見せました。この国では当人にとって特別な瞬間に名乗るのが伝統ですし、Aは互いの名前を知っていながらも、自らの名前を名乗りました。


 「私は朝顔ありさ」




 時は遡って、前の日になります。

 Aは友達のオイスターと一緒に下校していました。紫色の太陽があたりを薄暗く照らしています。


 「そういえばね、ゆみちゃんから日記を貰ったの。いらないからって」


 Aはスキップをしながら、オイスターに話しかけました。

 Aの通う学校では日記を毎日書くことが課題でした。きっと、ゆみちゃんは間違って学校から二冊の日記を貰ってしまったのでしょう。


 「それの何が嬉しいの?」


 オイスターは不思議でたまりません。だって、わたしたちにとって一日はひとつしかなく、日記も一冊で事足りるように感じたからです。


 「分からないの?」


 Aはもったいつけて言いました。


 「二通りの人生が手に入ったってことよ」




 二人はAの家の前にある公園に辿りつきました。いつも二人はここでお別れをします。公園では隣の家に住む四歳の男の子とお姉さんが仲睦まじく遊んでいました。


 「じゃあ、また明日」


 オイスターはAに向かってそう言いましたが、肝心の常套句がAの口から聞こえてきません。これでは帰れないので、困ったオイスターはAに尋ねました。


 「どうしたの?」

 「今、目が見えないの」


 周りを見渡すと、紫色の太陽に白濁の雲がかかったことにより、金色の西日がAの目を焼いているようでした。オイスターは「そんなに眩しいかしら」と思いながらも、Aのまたねをじっと待っていました。




 時は進んで、逃走劇から三日後。二十日史郎殺人事件の裁判が開かれました。容疑者は近所に住む三十五歳の無職。しかし、肝心の証拠が薄いということで、休廷となりました。被害者のお姉さんはひとしきりAが犯人だと叫んでいましたが、誰も耳を貸しませんでした。何故なら、お姉さんは皆に嫌われていて、Aは皆に愛されていたからです。Aがそんな非道なことするはずがない。一人を除いて、皆はそう思っていました。


 クラスのビル委員長は裁判の話を聞いて、Aに何かあるのではと勘ぐりました。さぁ、委員長の秘密の捜査の始まりです。ビル委員長は学校にてAの動向を詳しく調べました。しかし、Aに怪しい点はまったくありませんでした。




 暫くすると、Aに奇怪な現象が起こるようになりました。ある日は机が血で染まっており、またある日はAの上履きが勝手に歩きだしました。皆はAを心配し、同時に守り抜こうとしました。愛くるしい、皆の大切なAを危険な目に遭わせるわけにはいかないのです。


 六月八日、Aの日記が机の上に置いてありました。ただ置いてあるのではなく、それは異様な光景でした。Aの机だけが教室の中心に置かれ、あとの机や椅子は乱雑に端に寄せられていたのです。その奇妙な光景から、誰も教室に入ろうとせずに、Aの登校を皆は待ち望んでいました。


 Aが来ました。Aは気負いすることなく、教室の中に入り、その日記を手にしました。それは、ゆみちゃんに貰った日記ではなく、紛れもない朝顔ありさの日記でした。表紙には六月十五日と血で書かれています。

 「六月十五日に悪いことが起こるかも」


 Aがなんとなしにそう言うと、皆は震え上がると共に、Aを守る為士気を高めました。




 六月十日、Aの日記が机の上に置かれていました。前回と同じ状況だったので、クラスメイトは進んで次々と教室の中へ入っていきました。しかし、まったく同じ状況ではありませんでした。手に取ったその日記は朝顔ありさのものではなく、ゆみちゃんのものだったのです。ひとりの生徒がぱらぱらとそれをめくっていくと、あるページから赤色のボールペンで単なる悪口とも言えない、罵詈雑言、驕りの塊とも見て取れる卑劣な文章が敷き詰められていました。ひとりの生徒は赤で塗られたそのノートに怖じ気づいてしまい、その日記を落としてしまいました。またひとりが読み、それを落とし、また違うひとりがそれを読んでは落とす。その繰り返しでした。


 「これ、ありさが書いたの?」


 「そうだよ」とAは言いました。ビル委員長はこの機会を無駄にはしませんでした。回ってきた日記を手にし、大体の生徒は読み飛ばしたであろう、一言一句を苦しみながら読み始めたのです。すると、確固たる文章がそこに綴ってありました。


『わたしが、あの男の子を殺した。』


 ビル委員長はクラス中にこれを広めました。ある人はビル委員長の言い分を信じ、またある人はただの文章だとAを信じました。すべてのクラスメイトに問うた時、丁度勢力は半分に分かれました。Aを弾劾する側とAを庇護する側。さぁ、両方の戦争の始まりです。



 Aは弾劾する側に追われるようになりました。そのたびにAを庇護する側が身を挺して守り、Aは何の支障もなく毎日を過ごしていました。たまに面倒に感じたときは自ら、飛んできた上履きを弾劾する側に向けました。Aの身に起きた怪奇現象はAの味方となったのです。



 六月十四日。性懲りもなく、Aを弾劾する側はAを追いかけます。女子生徒ふたりが今日もAを追いかけていました。Aは心底飽き飽きし、面倒に感じたので、タイミング良く飛んできた上履きを彼女らに向けました。すると、彼女らはそのまま吹っ飛ばされました。廊下を越え、窓を破り、二階から地上へと落ちていきました。ひとりは頭を打ち、またひとりは腹に大きな釘が刺さり、死んでしまいました。



 六月十五日。「ありささん、好きです」 チャールズのその言葉に、Aはただただ頷きました。その瞬間、クラスメイトはクラッカーを鳴らします。皆が歓声を上げ、互いに肩を抱き合いました。クラスは祝福に満ちています。今、このときは戦争など存在していません。皆がチャールズとAを祝っていました。


 ばん、ばん、ばん。


 続けて聞こえた銃声にクラスメイトがひとり、ふたり、さんにん倒れました。頭からは血が零れています。歓声は恐怖の叫びへと変わりました。皆は慌てて教室から逃げ出します。チャールズはAの手を取り、皆はAを守るようにその周りを囲みながら、逃げ出しました。まるで護衛隊さながらです。やはり結局、Aが皆に愛されていたのは間違いないのでしょう。皆が当然の如くAに魅了される、そんな引力がAにはありました。


 廊下の先から、武装した軍人らが彼らを追いかけます。ばん、ばん。ばたり、ばたり。何故自らが殺されなくてはならないのか、皆は見当もつきませんでした。ただ困惑しながら、Aを守り、校舎の外へと逃げ出します。



 校舎の外に出た頃にはもう数人しか残っていませんでした。選ばれた数人とA。しかし、そこに希望は残されていませんでした。国家の軍人らが銃をこちらに向け、待ち構えていたのです。皆は絶望しました。そして、この最後の瞬間をどう過ごそうか、刹那の間に考えぬきました。チャールズはAの手を強く握ります。涙が零れそうな眼にぐっと力を入れ、Aを見つめました。その右頬は血で汚れています。


 「私の名前はチャールズ・ダンプティ」


 Aはその言葉を受け、考えました。チャールズの強い眼差しから、最後くらいは本物の名前を言っても良いのではと思えたのです。


 「私は寄生体00A」


 Aがにこりと笑った口からは、薔薇のように赤い血が流れています。


 


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