64話 不審者情報と「ぎゅへぇ」
うねうねもぞもぞしているおまんじゅう見てたら、いつの間にか目の前にお客さんが。
「……あ、ごめんなさい、気が付かなくて」
「………………………………」
あれ?
どうしたんだろ。
……顔が赤いから、カゼか花粉症かも?
このお店に来る男の人って大体具合悪そうだよね。
そういう人を引き寄せる不思議な力、あるのかなぁ……このお店に。
「……あ、あのっ」
「はい?」
「その、ネームプレート……その、あの配信の……」
「あ、はい、ユズです。 このユニコーン連れてた」
そう言えば今日入るとき、田中君が光宮さんと僕のネームプレート変えたんだよね……しかも2人とも、下の名前だけ。
しかもしかも僕はカタカナで「ユズ」。
別にいいけどね、大体みんなそれで呼んで来るし。
「……良いんです? ネームプレート、私たちの配信での名前で。 見た目と声と……まぁそこのおまんじゅうちゃんで1発バレですけど」
「どうせバレるんだ……こんなとこで名字もバレるのはマズいだろ。 気休めでも情報は少ない方が良い」
「あ、なるほど!」
「……は、ははは配信観てましたぁ、お、おおお応援してましゅっ」
「ありがとうございますっ」
目の前の……社会人の人かな、車で来てるっぽいしスーツだし……彼は、どうやら視聴者さんたちの1人だったらしい。
……ちょっと恥ずかしいね、こういうの。
「噛んだな」
「噛みましたね」
「まぁアイツに近づく男子の大半だからな」
「もう慣れっこですね。 初心な男子の大半がアレですから、もう柚希先輩も気にしませんし」
あ、でも、この人がSNSでつぶやいたら……ちょっと困るかも。
「……でも、ここで働いてるの、他の人には内緒にしてくださいね? ……あなたと僕だけの、ヒミツ……ですよ?」
ちょっとだけ身を乗り出して、内緒話する風に。
こういうのって楽しいよね。
「あ゜っ」
このお店、家の近くだからなぁ……僕は別に男だからバレても良いけども、光宮さんの家もまた近いし、女の子になにかあったら大変だもん。
そう言うと、ぶんぶんぶんぶんってものすごい勢いで頭振ってくれてるし……信用して良いかな。
「これからもがんばりますから。 応援……してくださいね?」
「はははははいぃぃっ!」
そうしてふらふらと出て行った彼を見送った僕は、ずっとおしゃべりばっかりしてた2人を見てみる。
「あーあ」
「可愛そうな奴」
「あーやって無差別に破壊して回るから……」
「うちの学校の男子、カミングアウトする奴、妙に多いんだよなぁ……まぁそのうち何とかなるだろ」
「もー手遅れな気もしますけどねー……」
……ふたりはやっぱ、仲良いなぁ……。
やっぱ、ちくってするなぁ……。
「お、そういえば柚希」
「……何」
「ん? お前、なんか機嫌悪いか? 腹減ったのか?」
「別に。 何」
珍しくお腹がざわつく僕。
……やつあたりって、良くないって知ってるのに。
「……まぁいいか。 お前、最近、家の周りとかで不審人物居るか?」
「不審人物? 泥棒さん?」
「いや……見た目は普通の奴らしいんだ。 だが、そんなやつがこんなド田舎でわんさかと……確認できただけで20人くらいか? 何をするでもなく、それなりに離れた場所同士でほっつき歩いてスマホで何かしてるらしくってな」
あー。
田舎だもんね。
こういう駐車場のあるお店とかには知らない人も通りがかりで来るけども、さすがに歩きで……何にもないあぜ道とか歩かないよね。
僕だって、お店とか以外じゃ、このへんで知らない人見たら警戒するもん。
「学生風からフリーター風、リーマン風で……ヤローが大半だって話だ。 ぱっと見じゃあフツーの奴ららしい。 けど、最近流行りの集団強盗の下見の可能性がある。 お前は特に気をつけろ」
「だって、光宮さん」
「気をつけるのは柚希先輩ですよ?」
「え?」
だって、女の子の方が危険でしょ?
……ちょっとやだけど、バイト先の送り迎え、光宮さんは田中君のバイクに乗せてもらった方がいいんじゃないかな。
「?」
「……先輩? 今日のお洋服も可愛いですよね?」
「え? あ、うん、まだ家にズボンないから……そうだ、この前家中のズボンっていうズボンが消えちゃう怪奇現象あったんだよ! それで!」
「きゅい」
僕のだけじゃなくってお母さんのもないらしくって、だから今日も僕はお母さんのスカートを借りて来てる。
……スカートはすーすーするし、男がスカートってのは恥ずかしいんだけどなぁ……でもまるだしで来るわけにはいかないし。
「その髪留めも似合ってますよね?」
「お母さんの普段使いじゃないやつ。 ……前髪切らないとなぁ」
「ぎゅい」
「横と後ろも伸び放題だよな、お前」
「うん……家で切る用のハサミ、どっか行っちゃってて……」
「ぎゅい」
ちょっと目を離してたからか、ご機嫌ななめなおまんじゅうを撫でつつ、最近さらに伸びた髪の毛をさわさわ。
これじゃまるで本当に女の子みたい……早くズボン買って、髪の毛切らないとなぁ。
「……はぁ……」
「これで分かってくれたら苦労してませんって、田中先輩。 お互いに……」
むぅ……仲良さそう。
けども、光宮さんの幸せを邪魔するわけにはいかないし。
「……とにかく気をつけろよ。 柚希、お前は小学生女子相手でさえ、腕相撲でもかけっこでも負けてるんだからな」
「もうっ! 怒るよ田中君! 高学年だけだから! ……10歳相手ならなんとか勝てる!」
「怒るとこ、そこかよ……」
「田中先輩、私は?」
「お前は配信で見せたあの身体能力あんだろ。 ダンジョン外でも常人よか強いはずだ」
「乙女なのに」
「いや、中学じゃ空手だったか? やってたし、フツーに護身できるだろ、素手の相手なら……まぁ、不意打ちとか多人数とか武器とか持ってたら無理だし、何よりそういう奴らを怒らせるとヤバいから……とっとと走って逃げろ」
「はーいっ」
うぅ。
光宮さんみたいに対処法のない僕……。
「きゅいっ」
「……テイムされたモンスターが人攻撃したら、柚希ヤバいからな? マジでヤバいとき以外は手ぇ出すんじゃねぇぞ、まんじゅう」
「きゅい!」
「……おまんじゅうちゃんのあのレーザー、人に当たったら……」
「おう、手脚もヤバいし、胴体なら……良くて重症だろ。 この軽さで体当たりなんて大して痛くないだろうけどな」
そう言いながら、きゅいきゅい言ってるおまんじゅうを抱っこする田中君。
「ぎゅへぇ」
……と思ったら、なんかすごい声出して溶けた。
「……猫みたい」
「ほんとですね。 猫みたいに流体になりましたね……」
田中君の腕から溶けるようにして落ちてきたおまんじゅうを抱き留めてあげると、すぐに元通り。
「きゅいきゅいきゅいんっ」
そうして僕のおっぱい吸おうとぐりぐりしてくるのを、くるんって横に向ける。
しゃがんでそんなおまんじゅうをなだめて、ふと見上げた僕。
「………………………………」
……そこには、ちょっぴり傷ついた顔してる田中君がいた。
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