441話 お父さんを見た
『そうだ、人間よ――我は、貴様が欲しい。ために、死の寸前であった貴様を治癒魔法で応急処置を施している。本来は貴様の命と引き換えに家族のそれをと恫喝する予定だったが――気が変わった。交渉をしてやろう、下等な存在よ』
『その下等な存在など無理やりに言うことを聞かせれば良いのに……貴女も大概お人好しですよね?』
『然り――我はすべての種族の頂点に立つ存在。故に、我以外の全ては等しくしもべである。故に、最大限活用する』
『なるほど。それならば寛大な対応に、改めての感謝を』
落ち着いた話し方。
論理的な話し方。
学校の先生みたいな――いや。
「学校の先生だったお父さん」の話し方と、声なんだ。
『我は魔王、当然のことだ――謝辞など不要』
僕を背にして立っているのは、昨晩に会った魔王さん。
……いや、なんだか雰囲気が違う。
それよりも……お父さん。
お父さんだ。
10年――11年ぶりに見た、お父さんだ。
子供のころに見たお父さんそのままの顔で――血まみれになりながら、同じく真っ赤に染まったお母さんを――お母さんはなにひとつ変わってない――抱きしめているお父さんが居る。
くたっと脱力していて顔が真っ青で――どう見ても命が危ないお母さんが、お父さんの腕の中で浅い息をしている。
けど、抱きしめ方が中途半端――――――
「………………………………!」
――お父さんの片腕が――ない。
シャツごと――肩から先が、ない。
そう思ったら、お父さんの少し後ろに――剣を握ったままの、お父さんの欠片が落ちている。
お父さん自身の足元は、赤黒く染まっている。
あれはたぶん、お母さんのもあるけども――お父さんので。
『述べよ』
『……ええ。まずは寛大で誠実な魔王様へ、お願いがあります。僕――私の傷ついた妻の命、そして危険な場所に居る子供の安全をお願いしたく』
『良かろう』
『しかし、死にかけの下等生物を助け、交渉を――一方的ではなく、対話を望む貴女です。私の価値は、身内の安全よりも遙かに高いはずです……不躾な会話しか出来ない私に怒りを向けない程度には』
『然り』
『――でしたら』
お父さんは――覚えてる。
あれは頭が良かったお父さんが、お母さんとか僕が困ったときに、何かすごいことを思いついたときの顔だ――どこかを見て。
『ついでに、私の家の近所に住んでいた人々。神族という存在が保護してくれているという話ですが、それはあくまで命を救われただけ――その時間感覚のせいで、少なくともすぐにはここに戻ってはこられない。あるいは、この世界へはもう二度と』
『うむ。彼奴らも我ら同様、万年を生ける存在――うたた寝でもすれば、貴様たちにとっての10年20年など「うっかり」通り過ぎてしまうであろう。まぁ、今回も慈悲というものが深いことに規模が規模ゆえ、最速でもそのくらいかかることもあるだろうが……いずれにしても、彼奴らは同時並行的に無数の世界へアクセスしている――管理すべき存在があまりにも多すぎ、故に戻すべき場所を忘れるのも仕方のないこと』
『なるほど、感謝します。――ならば、私の家族と私自身の釣り合いが取れるまでで構いません。近くに住む人々を、貴女の手で――無事にこの世界へ、この地へ、無傷で連れ戻してほしい。それが、望みです。私は――妻と子の、これまでの生活を。平和を――私が居なくなっても、過ごしてほしい。それが、望みです』
『……ふはは! 良い……良いぞ! 死の淵までたどり着いた苦痛と薄れた精神で、そこまで瞬時に思考を巡らせるか! やはり勇者の器はどのような世においても非凡である!』
お父さんたちの――速すぎてよく分からない会話の応酬を、ただただ聞く。
でも――勇者。
僕の、お父さんが……?
『勇者……いささか過ぎた評価ですが、なるほど。通りで私も――平和な世界の鍛えていない人間の私が……たまたまでもモンスターを倒すことができ、それから出てきた、あの剣でこれだけは戦えたと』
『然り。勇者ゆえに、鍛えておらずとも低級の魔物程度なら追い払えたのだ――そして、勇者故に』
魔王さんが、ふいと見やる。
お父さんの片手と一緒の、剣を。
『勇者ゆえに、召喚されたのだ。異界より、勇者の剣が』
『……それで妻と子を、不完全ながらも守れたのですね』
それはとてもきらきらと輝いていて綺麗で――その柄を握りしめたまま赤黒くなっているお父さんの手も、うぇってなるはずなのにやっぱり力強くって、かっこよくって。
『良かろう、気に入った――やはり、次の器として貴様が最もふさわしい! ああ、許そう! 愉快にさせた礼も含め――……』
にぃっ。
魔王さんは、遠くから見ていても――ぞくっとする笑顔を浮かべて言う。
『――「どこまでを救いたい」か、述べよ。貴様が、人の命を決めよ。我が許し、許さぬ範囲を予測し、貴様自身の魂の価値と照らし合わせて――人の生死を定めよ』
「……お父さん……」
魔王様が、決めさせている。
お父さんに、助けられる人の数を。
僕だったら――絶対にできない選択。
でも、お父さんはかしこいんだ。
そうだ、お父さんは格好良くって強かったんだ。
僕も、学校の先生なお父さんが誇らしくって、学校のみんなに自慢してたんだ。
――なのになんで、どうして。
僕は、こんな大切な光景を――――――。
「え? えっと、応援してくれると嬉しいです。具体的には最下部↓の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】に、まだの方はブックマーク登録……なにこれ、理央ちゃん」




