410話 義憤と決意と即位
「許すまじ人類――いや、虫ケラ以下の存在共……! 塵、芥、屑め……!」
吸血鬼は激怒した。
必ず、かの邪智暴虐の人間共を除かなければならぬと決意した。
吸血鬼には政治がわからぬ。
わかるのは、せいぜいが配下に指示しての方針を決めることだけだ。
支配下の魔族、人間には可能な限りに自治を許し、彼女の脳内にささやく「異世界転生内政チート」知識で生活を豊かにしてやった程度だ。
おかげで大半の眷属となった者たちからは「神である魔王」として好意的に崇められている。
それが自負であった。
彼女は、魔王見習いである。
生まれてよりこの方――およそ11年のあいだ、自らを高めてきた。
そしてご褒美として夜な夜なメイドたちと酒池肉林を愉しんできた。
ついでに支配下の人間界にも降り、自分を慕ってくる少女たちをつまみ食いした。
だが決して使い捨てとしてではなく、愛人として愛した。
彼女には、人と魔の違いはなかった。
「令和最新版・見た目による差別はダメ絶対」という声に導かれていたからだ。
だからこそ――彼女の統治方針と真逆の邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。
「吐き気が酷い。だが、聖女を想うと――この程度で吐いていては申し訳ないのだ」
「私共も――先代の主様と、数々の腐った世界を見てきましたが……これ程にまで吐き気を催す邪悪な世界など……!」
「ただの王族貴族盗賊その他が――というのは何処にでもあります――が」
「哀れな少年少女、女性が――というのは、動物から魔族までの生殖本能で致し方ない部分もありますが」
「まさか、世界そのものがたった1人の乙女に対し……!」
「なんと……なんと……!」
「悪意を煮詰めたかのような世界ですね。単騎で突撃して1匹でも多く刈り取りたくなります」
とんでもない認識のズレと思考回路の差異のせいで、壊滅的なコミュニケーションとなって数分。
たったの数分。
言葉は通じるのに互いの前提条件が究極的にすれ違った結果の数分は、既に手遅れだ。
――柚希がよく分からないままに寝床へ案内されている、その上の階層。
かつっ……かつっ。
硬い靴音をかき消すほどの怒りが、石畳を包み込む。
「まだ10にもならない乙女――あんなにも幼い聖女を、訳の分からぬままに人類の救世主として最前線へ駆り立てる……そこまでは良いのです。この世界にも、無知なる人類を唆し不相応な力を与える存在が居るのでしょうから」
「そこまでは許そう。全ては生存競争。天と魔と地の、終わり無き道ゆえに――必要であれば互いに殺し合い、食い合うのが運命」
「だが……!」
「ですが……!」
怒りに――義憤に燃える、魔の者の目が、紅く染まっている。
吸血鬼、その配下。
一様に銀の髪の下の紅い目が――紅い月よりも紅く、燃え上がっている。
「戦いへ、人々を鼓舞するために利用するだけに留まらず……!」
「王、貴族――あらゆる汚物を煮込んだ穢らわしいその欲望のままに幼き聖女を手籠めにし、あまつさえ記憶除去で……きっと、数え切れないほどに……!」
「あれだけお可愛らしくて庇護欲をそそると同時に淫気で耐性のない人間などひとたまりもない存在……守るべき存在が居ないのですから、きっと、私共の想像はそう間違っているはずがありません……!」
「許せぬ……許せぬぅぅぅ――――――!」
――雷がほとばしる。
「魔王」が怒りのままに放った雷撃が――城の壁を破壊し、外まで光の矢となって突き抜ける。
なお、そのとき起きかけた柚希は「あれ? 地震?」「震度1とのことでございます」「そっかぁ」とあっさり納得して再び睡魔とごろ寝していた。
「はぁ……はぁ……!」
「主様、お鎮めください」
「天誅を下すのには非効率的すぎる方法でございます」
破壊され、暗い空――ダンジョンの天井を眺めながら……数十秒かけ、怒りをなんとか押さえ込む。
「――――――ふぅ。済まなかった」
「とんでもございません」
「主様は、私共の怒りも代弁してくださったのです」
「感謝を」
「……ふ。お前たち……」
柚希と別れてから――別れ際になんとか作った笑顔以降は憤怒で満ちていた吸血鬼の顔が、初めて少し穏やかになる。
――かつ。
そこへ、柚希を拉致――お姫様抱っこジェットコースターもとい案内した彼女に合わせ、メイドたちが前に出る。
「「主様」」
「何だ」
「10年――いえ、11年程前に、先代より託されました、この世界の全てを」
「魔王として、吸血種族として――なによりも、知性ある魔のものとして」
「「主様に、正式にお譲りいたします」」
「――これは」
ぼうっと、吸血鬼の彼女を取り囲む魔力の塊。
それは、うっかり人間が触れでもしたら魂ごとに消滅するほどの密度。
「元は人間でした主様が成長されるまで、私共が管理しておりました」
「全ては、主様が主様たりえる器となられてから――と、先代から言付かっておりましたゆえ」
メイドたちは、真剣な目を己の主へ向ける。
まだ少々幼すぎるが――その「素体」も「魂」も、己らの主に不満のない、尽くすべき主人へと。
「その肉体は、先代の用意したもの」
「それを十全に使いこなされ、すでに戦闘力は先代をも上回っております」
「ですが」
「最も大切なもの」
「心――精神が、これを託すに足る。先代から言付かっておりました水準に達したと判断いたします」
「義憤。――魔の王として、最も必要な感情でありますから」
「………………………………」
少女は、聖女を思い浮かべる。
――自分の中の、よく分からない衝動。
それが「彼女」を守れと言っているのだ。
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