172話 堕とされてた理央ちゃん
「……柚希さん、理央さん、あやさんに、うちのひなた。 この4人は――今はともかく、戒厳令と戦時体制が解除された途端、ものすごい勢いで引き抜き合戦でしょう」
「普通の高校生の子を脅かしてどうするのですか」とひなたの母が理央の側に回るも、丁寧で優しくも厳しい現実を投げつけてくる。
――ひなたのお母さんもひなたのおばあちゃんも、背は低めなんだ。
じゃあひなたちゃんも、大きくなっても印象は変わらないのかなぁ。
優しいから、てっきり庇ってくれると思っていたひなたの母からも、耳元で囁くように甘い言葉しか投げてこない。
理央の思考は――どうにかしてこの危険すぎる現実から脱走を試みている。
「………………………………」
だが、応接室の隅にさりげなく立て掛けてある日本刀を発見してしまった彼女のその考えは、ばっさりと切り倒された。
「それは、あらゆる手段です。 今後、あなたたちの行く先々で――アルバイト、学校、進学、就職――全てのタイミングでそれらしい理由を言いながら、ありとあらゆる手段であなたたちを手にしようとして来る。 そう、おばあ様が予想しているんです」
「……そうですかぁ」
理央は、現実逃避すらできないことを悟った。
「まずは簡単なところから、理央ちゃんたちが好きそうなイケメンを、いろんな種類をかき集めて――ああ、理央ちゃんについてはかわいい女の子を周囲に、友人として投げてくるだろうねぇ。 今後、近づいてくる相手には何かしらの息がかかっているだろう。 残念だけど、有名になっちまったんだ、もう普通の女子高生はさせてあげられないねぇ」
――あ、私の楽しかった高校生活、終わっちゃった。
「……ハニートラップ……みたいなものですか……?」
「いやいや、それよりももっと単純さ。 年頃の乙女の恋愛感情を弄んで、さっさとくっつかせて、自分の勢力圏に取り込むんだよ。 友人でも良い、知人でも良い。 ちょっとでも関係ができたらそれで良いのさ」
――私の、高校生活……。
「別に女子だって良いし、あなたは女子が好きだと思われているから、きっと女子すら送り込まれてくるだろうねぇ。 友人としても、恋人候補としても」
――私の、柚希先輩との楽しい社会人生活。
「そのために、本人にまったく知らせない形で手当たり次第に関係者を送り込んでくる。 進学先、就職先へ100人くらい送り込めば数人は仲良くなるだろう――そんな物量でね」
理央は、予想だにしていなかった展開に目を回している。
だが悲しいかな――彼女の、柚希に関してだけは絶対の頭は、それでも冷静に計算をしていた。
「――だから、私たち4人が……」
「あの優ちゃんも歓迎だけどね。 裏もないし、いい子だし、なによりもダンジョンでは有名なルーキーとのことだし。 とにかく、『大人になる』『16歳』でさっさとくっつけちまえってことでね」
――ごめんなさい優さんごめんなさい、なんかもう巻き込んじゃいました。
心の中で謝る理央。
「全て。 全てのタイミングが、今なんだよ」
「ええ。 まだ気づかれていない、今なんです」
同時に発せられたその声が、左右からサラウンドしてくる。
「タイミング……ああ、今の法律だと……」
「ええ、ダンジョン潜りさんたちは『16歳』で結婚すら可能。 その法律は、まだ改正されていませんから」
……すっ。
ひなたの母が、紙を取り出す。
「先日通った、重婚法案での婚姻届です。 ご覧の通り、夫婦の欄は男女の区別なく、複数の欄があります。 当初はうちの人たちも反対していたのですけど」
「ぎりぎりで間に合った。 なんとか働きかけて確実に通したね」
さらりと告げられる、下々ではあり得ないはずの会話。
しかし悲しいかな、柚希に狂いながらも現実を知っている理央は、その意味もすぐに理解できてしまう。
「ま、うちのひなたは、本来ならあと数年――だけど、あの子は飛び級をしたがり始めたから」
「飛び級……えっと」
祖母の目が、怪しく光る。
「ダンジョン関係の法律でね? ――飛び級により、早く学生を卒業させて法的に大人とし、ダンジョンに潜らせたい議員たちの無責任にも程があるものが通ってしまって10年。 これは、まだ――有効なんだよ。 何しろ、これを使って結婚を早めるなどとは、さすがにうちくらいしか思いつかないのさ」
「今のところ改正の動きはありません。 最低でも、仮称魔王軍との何らかの決着がつくまでは有効でしょうから、仮にひなたが飛び級をしなくても、5年待てばどちらにしてもひなたも法的に婚姻が可能です」
「――――――………………………………」
理央の目の前には――婚姻届け。
それは、理央が夢見ていた、柚希との関係を強固にするもの。
「ま、それもこれも、理央ちゃんが柚希くんを独占したいというのなら無しになることだけどね。 あなたがそれを選ぶなら、私たちは止めはしないよ。 あなたは、ひなたの友人だ」
「……えっと、なら……」
――ちょっと考えさせてください。
そう抵抗するのが限界の理央は、
「ああ、ソレを使えば――理央ちゃんたちは、明日からでも『夫婦』になれるよ。 『1度なるのなら、どんな選択をしようとうちがバックに着く』。 だから――あなたたちの結婚生活への障害は、あなたが柚希くんを口説き落とせるか否かしかなくなっているってこったね?」
「………………………………」
ぷちっ。
理央の頭の中で、何かが弾けた。
理央は――震える手で、その紙を持ち上げる。
「私たち日向家は、ひなたの気持ちを第一にしたい――けれども、当人、特に理央さんと柚希さんの気持ちが最優先。 そのように、考えています」
「………………――――――」
理央は――震えの止まった両手に収まった紙から、目を上げる。
「さぁ――どうするかね?」
「さぁ――どうしますか?」
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