152話 あの子が、男の子だったなんて
「……しょうがないわよ、まさかあんなことになるなんて、あのときの職員も誰も……」
「……ううん。 配信を追っていたから知っていたのよ。 あの子が、なぜか毎回配信事故を起こしているって……」
とあるダンジョンのゲート前の施設内。
そこには……上司からの説教でへとへとになっている女性が居た。
涼しげな顔つきに優しい印象を持たせるフレームのメガネ、仕事中は髪を後ろで縛っており、制服は「教官」として、ダンジョンの低層で問題が起きたらすぐに駆け付けられるようにと、スーツではあるものの動きやすい服装。
厚手の生地のパンツにスニーカー、さらにはリストバンドも着けており、腰にはいざというときのためのダンジョン産の銃すら携帯している慎重っぷりだ。
そんな彼女は、メガネを外して拭きながらため息をつく。
「星野さん……もはや『ユズちゃん』として、恐らくは今、最も有名な初心者テイマー。 ……その子が」
「まさか、魔族からじかに見初められ、しかも地上で観察されていた疑惑まで。 上は当分缶詰ね。 こんな田舎なのに、中央のお偉いさんが来たらしいもの」
彼女の同僚が淹れてくれたコーヒーを飲みながら、手元の書類をぱらぱらと流すものの、その内容はまったく頭に入らない。
「それに……『星付き』でしょ?」
「ええ……だからこそ、近いうちに呼び出して説明しようとしたのに……」
彼女たちの目の前のパソコン画面では、ちょうど彼女がレベルを伝えている場面の映像が流れている。
――配信の、アーカイブという形で。
「消しても……ムダよねぇ」
「各動画サイトやSNSで拡散し切っちゃってるわね……一応削除して回るよう、上は躍起だけど『多分無駄です』って押し通すつもりよ」
スマホ世代の彼女たちは、知っている。
――そういうのは、ムキになるほどにおもしろがられ、余計に広がるのだと。
1番ダメージの少ないのは、ただ放置すること。
そうすれば、協会や国は重要視していないというアピールにもなるから。
けれども特大の個人情報だ、ただ放置という選択肢も採れないと非常に厄介なものになっている。
民間の個人、けれども現代の英雄「ユズちゃんパーティー」――その中心人物に、人外の兆し。
きっと上は、結論を出す前の議論だけで何ヶ月を要するだろう。
つまり、実質的に放置、削除するにしても中途半端で――特に、変わらない。
「ま、まあ! みんな無事だったんだから!」
「……1歩間違えたら、あの子たちどころかこの周辺がいきなり侵略されていたのよね……」
「11年前の再来ねー。 恐ろしいわ」
ダンジョン関係の職に就くものは、大体が11年前の災厄を経験している。
それは、自身、あるいは親族、あるいは友人、あるいは――が、被害を受けたという恐怖を知っている証。
だからこそ、11年という「比較的」安全な時代を過ごしても、平和ポケはできない。
「……あの子たちを、巻き込んでしまって」
「まーたそうやって全部背負い込むー。 週に何十人も新しい子の担当してるのよ? ムリよ、全部なんて」
「でも……」
「そもそもあなたの仕事は、新人に手ほどきをするまで。 それ以上は、あなたの責任感からの残業だもの」
少々生真面目すぎるところのある彼女は、担当した「生徒」のうち、心配なところのある相手を可能な限りに追っていて、必要ならフォローを入れている。
だから、度重なる謎の配信事故を経験していた星野柚希へ護衛を回したり、さらには規定外のレベルだと勘づいて内々に保護を――と、考えていたのだが。
「ま、良いじゃないの。 調べたらあの子たちのパーティの親族も、警護とか雇ってたんでしょ? ちゃんと見てくれる人が居るってことだし」
「ええ……名字で薄々勘づいてはいたけどね……」
「向日家って言えばねぇ」
星野柚希、向日ひなた、夢月あや、光宮理央。
そもそもとして、こんな田舎では珍しく、ぎらぎらとしていない少女たち。
ただでさえ同業者の男性から迷惑を……そう思っていたのだが、どうやら護られていたらしい。
「……で。 それよりマジなの? ユズちゃんって子が」
「……書類上は、間違いなくね。 書類の方が間違っているって信じたいわ……」
先日の一件のために、あらゆる個人情報が原則非公開となった、星野柚希。
だからこそ、柚希のいろいろな始末を押し付けられた彼女は――真相を、知ってしまった。
「戸籍も住民票も、学生証も……何より、区役所で提出してもらった書類にも」
「『男』って……」
彼女たちは、現実を突きつけられた。
「――とりあえず、彼氏とかそういう心配はないってことだけど……」
「あー、ユニコーンって処女性って言うもんねぇ。 あの子が男の子のことを好きとかじゃなけりゃ、大丈夫ね」
どんな女性寄りも女性らしい、どんな少女よりも少女らしい――だって、あの神話の存在の「ユニコーン」が見初めた存在で。
どの配信を見ても男子らしいところはひとつもなく、むしろ女性の視点では母性をくすぐるしかない、抜けたところのある少女だったから。
「……これ、誰がどこまで……?」
「ご家族やご学友は恐らく……問題はパーティーメンバーの子たちだけど」
「さすがに理央様……じゃない、あの幼馴染みの子は知ってそうよね」
「そうね、いくらなんでも……十年来ということだし」
「他の子たちは……」
「……分からない。 うかつに尋ねてしまって、それが元でうまく行っていたところを壊しかねないし」
「でも、さすがにあれだけ仲良いんだし、教えてるでしょ」
「だと思うんだけど……」
男。
ユニコーンに見初められし「柚希姫」「ユズちゃん」が、男。
その情報に――大学を出て間もない彼女たちは、田舎の高校から都会の大学へ進んだときの何十倍ものインパクトを叩き込まれていた。
「……あ、そういえば、さっきからトレンドに『ユズちゃん』って」
「……今度は事故配信でないことを祈りましょう……」
片方は楽しみに、もう片方は頭を抱えながら星野柚希のアカウントから配信されていることを確認し、恐る恐るで入室し。
『お、重っ……おまんじゅう! チョコ! 助けてぇ!』
『「見えないけどどっかでひっくり返って震えてるでしょ! いつもみたいに! そんなことしてないで起きて! 助けてぇ!!」』
――その「彼」が、パーティーメンバーの3人の「女子」から同時に迫られているのを見て。
「――事故ってるー!?」
「ぶふっ!?」
「やば、とりあえず課金課金……」
片方はすぐさま私物のスマホを取り出して、おもむろに投げ銭をし。
「……けほっ、けほっ……ま、またなの……?」
片方は――コーヒーを、盛大に吹き出してメガネを染めた。
――その直後に「彼」が、乗っかる2人ごと起き上がったと思ったら艶めかしい声を上げ。
「彼」の背中に、ふわりと半透明の羽が浮かび上がるのを見た彼女たちは――残業だとか気にする余裕もなく、真っ青になって動き出した。
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