28. 恐ろしい事実
商会に着いた私は、すぐに工房に入った。
途中まではレオン様と一緒だったけれど、彼は荷物を部屋に置いてくれているから、先に来ているのは私と護衛だけ。
工房に入ると、鉄の独特な匂いが漂っていたから少し驚いてしまう。
どうやら鉄で車輪を作っているようね……。
匂いを我慢して進捗を確認し終えると、私が来たことに気付いたレナ様に声をかけられた。
「言われていた通り、改良品を完成させたわ。まだ防衛の魔道具は着けていないけれど、前のものよりも丈夫に出来ているわ」
「車輪を鉄で作ったのね。確かに丈夫だけれど、重くならないかしら?」
「だから、中は空洞になっているわ。それと、滑り止めでゴムレドンの皮から作った輪を張り付けてあるの」
普通の馬車は車輪から車体まで木で作られているけれど、改良品は鉄で作られていた。
木だと綺麗な円になるように削る手間があるけれど、鉄なら型に流し込むだけで作り出せる。
問題は材料の確保なのだけど……。
「錬金術って知っているかしら?」
「ええ、名前は。でも、今の魔法技術では実現出来ないと聞いていますわ」
「金属を纏う魔物の魔石を触媒にすれば、鉄に限って実現できることが分かったの。
残りの問題は、魔力消費量が多すぎることだけよ。私でも一日に三回くらいしか使えないの」
胸を張りながら、自慢げに話すレナ様。
錬金術が使えれば、思い通りの形の部品を作ることが出来る。
ちなみに、車輪の上に乗せるゴムレドンの筒と風を送る魔道具は沢山作れている。
だから、一番時間がかかる車輪を短時間で作れるようになったら……。
「これなら、必要な数を明後日には揃えられそうね」
お父様から欲しいと言われている馬車は、二百台。
使い道の多い鉄は、アルカンシェル商会である程度在庫を抱えているから、材料の心配も要らない。
「まだ車輪だけになるけど、五十台分は作ったわ」
「二百台分、急ぎでお願いしたいわ。それと、作りたいものがあるから錬金術を教えて欲しいわ」
私がそう口にすると、型にドロドロに溶けた鉄を流し込み終えた人が返事をしてくれた。
「錬金術は水魔法で氷を作る時の感覚に似ているのだけど、魔法陣を描かないといけないわ。
さっき私が描いたものがあるから、それを使って。
魔法式はこの紙に書いておいたわ」
「ありがとう。少し席を外すわね」
この場にいる皆に断りを入れてから、工房の端にある大きなテーブルの上に紙を広げる私。
ペンを手に取って、今日考えた魔道具を描いていく。
氷を作る魔法は想像を確かなものにしないとうまく使えないから、想像しやすくするためにはこの方法しか無いのよね……。
全体図を書いたら、次は部品を描いていく。
「ルシアナ様、それは一体……?」
「馬車を持ち上げる道具を考えたから、作ってみようと思ったの。説明は後でするわ」
そう口にして、最後の部品を描いていく。
「お待たせ。水を送り出す魔道具を使って、筒の中の水を増やすの。そうすれば簡単に持ち上がるはずだから」
「流石はルシアナ様ね。この棒に車体を吊るすのかしら?」
「ええ」
「大体分かったわ。この部品とこの部品は私が作るわね。庭に作ってもいいかしら?」
工房は広いけれど、天井の高さが足りないのよね……。それに、今も車輪の上に車体を乗せる行程は庭で行っている。
最初から私も外に作るつもりだったから、頷いた。
そんな時、荷解きを終えたらしいレオン様が工房に姿を見せた。
「お待たせ。何か仕事はある?」
「これから出ますわ」
そう口にしてから、錬金術のための魔法陣の前に立つ私。
レナ様に言われた通り、在庫の魔石を魔法陣に置いてから詠唱を始める。
慣れている魔法だと詠唱をしなくても使えるのだけど、初めて使う錬金術は詠唱しないと使えない。
時間はかかるけれど、思い通りの鉄の筒が魔法陣から生えてきていた。
「すごいな……」
「持ち上がりますか?」
倒れることなく自立している大きな筒を見ながら、問いかける私。
この大きさの鉄は簡単に持ち上げることは出来ないはずなのだけど……。
レオン様は筋力強化の魔法を使って、軽々と持ち上げていた。
ちなみに、筋力強化の魔法は元々持っている力を数倍にするだけだから、私が使っても大した効果は得られない。
「大丈夫だ。これは組み立てで使っている庭に持っていけばいいののか?」
「ええ。お願いしますわ」
レオン様の問いかけに頷く私。
その直後、片手で鉄の筒を抱えて工房を出るレオンと入れ替わりで、広報担当の人が入ってきた。
「ルシアナ様。マドネス王子のことなのですが、一時的に心臓が止まっていたようです。ルシアナ様が狙われていたと情報が入っているのですが、事実でしょうか?」
「ええ、事実よ。……襲撃の計画ってあのブーメランのことだったのかしら?」
数日前に王国の諜報員から伝えられていた情報を思い出して、呟いてしまう。
心臓が止まるほど強力な麻痺毒。
あの時私が避けていなかったら……。
思い出すだけでも恐ろしくて、悪寒がした。




