21. 商談成立です
アイネア殿下の後を追って、会場の真ん中の辺りに戻った私。
レオン様は皇帝様に捕まってしまったみたいで、私達の隣に来ていた。
ここは帝国で一番力のある侯爵家のパーティーだから、皇族が居ることは知っていたけれど、こんな展開は予想出来なかった。
レオン様も想定外のことに、少し戸惑っている雰囲気を感じた。
「わたくしは東側でいいかしら?」
「ええ、大丈夫ですわ」
笑顔で言葉を交わしていると、次の曲が流れ始める。
曲に合わせて、ステップを踏む私達。
「そちらの髪飾りはシエル商会のものでして?金の輝きが良いアクセントになって、とても似合っていますわ」
「ええ。貴女の髪飾りはアルカンシェル商会のもので合っているかしら?」
「合っていますわ。アイネア殿下の髪飾り、銀髪によく似合っていますわ。私も銀髪に生まれたかったですわ」
「ふふ、褒めてくれたありがとう。でも、貴女の明るいブロンドの方が綺麗だと思うわ。銀のお飾りって少し控え目だけれど、着けている人が引き立てられるように感じるわ」
お互いに褒め合いながら、息を乱さずにステップを踏んでいく。
アイネア様の優雅さに目を奪われそうになってしまうけれど、何とか押しとどまって言葉を返そうと口を開いた。
「褒めて頂きありがとうございます。私はアイネア殿下の髪色を羨ましく思っていますわ。
髪色と違うものも良いと思いますけれど、髪色と同じ色でも似合うと思いますわ」
「そう言われたら試したくなってしまうわ。曲が終わったら、交換してみたいわ」
そんな提案をされたから、曲が終わってからお互いの髪飾りを少しの間だけ交換することになった。
大きさは同じくらいのものだけれど、金と銀の違いのせいで印象は全く違う。
でも、私が身に着けていた髪飾りはアイネア殿下が着けてもよく似合っていた。
「本当に似合うのね。私の方はどうかしら?」
「ええ、とても似合っていますわ」
それから少しの間、色々なことをお話することになった。
関わりが無かったアイネア殿下だけれど、私と同じように商会を経営している身だから話は弾んだ。
いつの間にか商談の話に変わっていたけれど、今は気にしない。
「私の瞳と同じ色のサファイアがあるのね。すごく気になるわ」
「今着けられているサファイアにも使っていますわ。私の首飾りのものは目立たないですけれど、一応この辺りにありますの」
私もアイネア殿下も、空を思わせるような蒼い瞳を持っているから、サファイアは似合うと思っている。
彼女も同じ考えだったみたいで、少し話題に上げたら興味を持たれたのよね。
「見つけたわ。そのサファイア、シエル商会に流してもらっても良いかしら?
銀の装飾品はシエル商会では作らないと約束するわ」
「では、私はアクアマリンを頂きたいですわ。もちろん、金の装飾品は作らないとお約束しますわ」
そんな風に言葉を交わしてからは、細かい条件に付いて話し合っていく。
五分が過ぎるころには、無事に話がまとまった。
「わたくしはその条件で大丈夫よ」
「私も、この条件で合意しますわ」
契約書を交わすのは後になるけれど、無事に商談は成立した。
帝国で爵位を持たない私が皇族と関係を持つことになるなんて、お母様達に驚かれそうね。
そんなことを思っていたら、今度はアイネア殿下に似た髪色を持つ殿方が近付いてきた。
このお方は、皇帝陛下。爵位を持たない私が話しかけて良いお方ではないから緊張してしまう。
でも、そんな私よりもアイネア殿下が少し怯えているような気がした。
「アイネア、商談か?」
「ええ。このパーティーは人脈を広めるためのものと聞いていますわ。だから、無礼には当たらないはずですの」
「我も商談に来たのだから、気にするな」
陛下がそう口にすると、アイネア殿下は表情を緩めた。
けれども、その代わりに陛下から視線を向けられた私は緊張に襲われてしまった。
「アルカンシェルの商会長殿。――いや、アスクライ公国の公女殿下とお呼びした方が良いか?」
そんな言葉をかけられて、返事に困ってしまう。
アスクライ公国を建国する話は昨日の夕食の席でお父様から伝えられていたけれど、こんなに早く帝国に根回しをしているとは思わなかったわ。
ちなみに、私が聞いたのは、公国の政治体制だけ。
ほとんどの国に倣って爵位は残しつつ、政治に関わるアストライア伯爵家とクライアス侯爵家は公家に身分を改める。
最初の二年間はクライアス侯爵様が主大公を務めて、お父様は副大公を務めるらしい。
政治を主導する立場が主大公で、副大公は補佐や主大公の監視役になる。
両家の跡継ぎになりうる人物は、公子や公女と呼ばれることになると聞いている。
王国では男性しか家を継げないのだけど、帝国と同じように女性であっても家を継げるようにするらしい。
そのことも含めて帝国にも話が回っているみたいね……。
皇帝陛下と良い関係を築けたら、お父様に迷惑をかけたことの償いが出来るかもしれない。
でも、今の一瞬だけでも一国の代表になるだなんて、私には荷が重すぎるわ。