17. 完成の時は
翌朝。
レオン様の言葉の通り、クライアス家からも護衛を付けてもらうことになった私は商会の本部に向かっていた。
例の馬車はまだ試作段階だから、今の移動は今まで通りの激しく揺れる馬車のまま。
でも、座面を少しだけ改造したから、乗り心地は少し良くなっている。
王国にいた頃なら今は学院に向かっている時間だけれど、国外追放にやや遅れて除籍になったみたいだから、商会のことに専念できる。
あの学院は貴族なら通うことが義務付けられているけれど、家格が上の方の成績を超えないように気を付けていないと、悪い意味で目を付けられてしまうから息苦しかった。
脳内お花畑の聖女候補が嫌がらせをしてくるせいで気を抜けなかったから、毎日疲れてしまって魔道具開発どころではなくなっていた。
でも、そんな我慢の日々とはもうお別れした。
だから、レオン様やみんなに喜んでもらえるような魔道具を作るためにも、今日からは本部で魔道具製作に取り組むと決めている。
「お待たせしました。到着致しました」
「ありがとう」
お礼を言って、扉の鍵を開ける私。
貴族の馬車は、襲撃があっても簡単に中に入れないように鍵は内側についている。
でも、馬車の床は地面から私の胸の辺りと同じ高さがあるから、外に踏み台を置いてもらうことになる。
飛び降りることだって出来るけれど、はしたないと咎められてしまうから出来ないのよね……。
「おはよう」
扉が外から開けられると、レオン様の声が聞こえてきた。
「おはようございます。待たせてしまいましたか?」
そんなやり取りを交わす私達。
彼が泊まっている宿は本部の向かい側に建っているから、時間ぴったりに来ても良いはずなのに、先に待ってくれていたらしい。
ちなみに、その宿はアルカンシェル商会が直営している。
「いや、商品を見ていたらあっという間だったよ。この魔道具は全部ルシアナが考えたものなのか?」
「三割くらいは私ですけど、他は一緒に作っている人達のアイデアですわ」
「なるほど。優秀な人達なんだな」
話をしながら、彼の手を借りて馬車から降りる私。
そのまま商会の中の方に入っていくと、よく知った女性が待っていた。
「ルシアナ様、おはようございます」
「ええ、おはようございます」
私が挨拶を返した相手は、レナ・ユーラス様。
彼女はここ帝国に領地を持つユーラス侯爵家の長女で、帝国に進出を始めた頃からずっと私に協力してくれている。
ユーラス家とは国境を挟んで領地が接しているから、幼い頃から親交がある親友だ。
お互いに信用しているから、私が帝国に来れないときは代役をお願いしている。
魔法の才能もかなりのものだから、私と同じくらいの魔道具も生み出している。
それなのに私の意志を尊重してくれているから、商会のことで揉めたことは殆どない。
お茶の好みが違うから、そのことでは揉めることもあるけれど。
「はい、これ報告書よ」
「ありがとう」
人目に付くところでは硬い口調でお話しているけれど、人目に付かないところでは打ち解けた口調で話している。
この方が、意思疎通に時間がかからない利点もあるのよね。
それに、帝国では身分の意識が王国よりも少ないから、打ち解けた口調で話すことの抵抗感も無いらしい。
王国の学院でこんなことをしたら、不敬と取られて大変なことになってしまうのに。
「……順調そうね。ただ、カーリッツ公国の売り上げの落ち込みが気になるわね」
「カーリッツ公国は選挙の時期だから、皆魔道具に興味が無いみたいなの。選挙が終われば元に戻るわ」
「そうだったのね。ありがとう」
そんな言葉を返す私。
私からは今後の計画をまとめた書類を渡してあるから、今日の報告会はここまで。
この後は三人揃って工房に行って、馬車の最終調整を進めていった。
そして……。
「完成でよさそうね」
「ええ」
私とレナ様が頷くと、この開発に参加している人達から歓声が上がった。
この瞬間はすごく嬉しくて、心地良い。
でも、この直後のこと。
「ルシアナ様、グレールの王子がここまで来るようです」
……恐ろしい内容の知らせが届いた。