15. side 伯爵家が居なくなっても
「サファイアの鉱山はアストライア家が持っていたな?」
自室に戻り、執事にそんな問いかけをするマドネス。
これでも王子だから、王国の地理に関しての知識は持っている。
「左様です」
だから、問いかけには肯定が返って来ていた。
「助かる。それなら、アストライア家が領地を捨てた今は、王家が鉱山から採っても問題無いな?」
「本当に捨てていれば、ですが。問題にはならないかと」
「分かった。そういうことなら、騎士団を連れてサファイアの鉱山に行ってくる。原石さえ手に入ればアルカンシェル商会が無くても問題無いからな」
そんなことを言ってから、早速外行きの準備を始めるマドネス王子。
彼は自らの行動が上手くいくと信じていた。
――アストライア家は領地を捨てておらず、代役を通して今も正しく統治しているのにも関わらず。
「リーシャ、明日サファイアの原石を見せてあげるね」
「まぁ、楽しみだわ!」
幸せそうに微笑むマドネス王子の笑顔が消える時は、翌日に迫っていた。
それから一日が経ち、マドネス一行はアストライア領にあるサファイアの鉱山に来ていた。
「あれだな。妙に人数が多いが、王家だと分かれば入れるだろう」
「少し妙な気がします。どうかお気を付けて」
馬車を降り、鉱山の入口に歩いていくマドネス。
そんな彼に近付いてくる人物がいた。
「当鉱山に御用ですか?」
「ああ。サファイアを採りに来た」
「申し訳ありませんが、私共の鉱石はアルカンシェル商会を通して頂かないと手に入らないようになっています」
「俺は王子だ。今ある中で一番質の良いものを持ってこい」
王家の紋章を見せつけ、高圧的な態度で放たれた言葉に、鉱山の者は慌てて下がっていった。
そして、その代わりに屈強な男達が姿を見せた。
「ここは我々冒険者ギルドが管理を委託されている場所です。先方からの信頼を失うことは出来ませんので、お引き取り下さい」
元より魔物の出現が多かったこの場所は、アストライア家が冒険者に守らせていた。
そんな状況のところを、王家や他の人々に荒らされないようにと冒険者ギルドの名を借りているに過ぎない。
ちなみに、冒険者ギルドは魔物の討伐や魔物からの防衛を専門に請け負っている組織で、冒険者とは冒険者ギルドの従業員のことを指す。
このことは平民や商人なら誰もが知っている常識だが、王侯貴族では知らない者も多い。
けれども、冒険者ギルドが無くなれば、国が魔物の襲撃の危機に陥ることは王族でも知っているから、ギルド紋章を身に付けた者達を見たマドネスは引き下がるしかなかった。
「分かった……」
「ここは危険ですから、早めにお帰りください」
そうして追い払われるようにして鉱山を後にした彼は、何の成果も得られないまま王城に戻った。
「マドぉー、おかえりなさい!」
「ただいま」
いつからか王宮で暮らすようになっていたリーシャの出迎えを受け、笑顔を浮かべるマドネス。
けれども、その直後に投げかけられた問いかけによって、その笑顔は消えることになった。
「サファイアの原石ってどんな感じなのかしら? 早く見たいわ!」
「それは……」
悪意は全く無い言葉だけれど、言葉を詰まらせるマドネス。
誤魔化す方法が思いつかなかった彼は、素直に事実を口にした。
「申し訳ない、今日は採れなかった。必ず用意するから、待っていて欲しい」
「約束しましたのに……残念ですわぁ……」
不機嫌そうな顔をするリーシャだったけれど、何かを思い返したのか、慌てた様子で笑顔を浮かべた。
「楽しみに待っていますわ」
リーシャに気を遣わせてしまった。
愛する女性に遠慮させることがあってはならないと考えていたマドネスは、心を抉られるような思いをしていた。