8
後頭部の鈍痛で目を覚ました。
慌てて起きあがろうとしたが、体に何かが食い込む。おそらくロープか何かだろう。
目を開けたはずなのに視界は黒く、埃っぽい臭いが充満している。
私とシロは早い時間に村を出て森に入ったはず。だが、その後のことを覚えていない。
「シロ、シロ! ……いない?」
誰に捕まったのだろう。私とシロ、どちらも村人にやられるほど弱い設定ではなかったはず。
だからと言ってそこら辺にいる魔物がこのようなことはできないはず。
まず、勇者が捕まることなどあっただろうか。
記憶を辿るが思い出せず。
しかし、違う記憶が蘇った。
兄の小説だと、勇者は村を救えないままその場を離れ森に入る。森の中は魔物がいて、それの相手をして怪我もするが学びや術技を取得する。
私が書き換えた内容だと、勇者2人は村を救い良好な関係を築いた後、惜しまれながらも見送られ森に入る。
兄の小説同様、魔物と戦って術技を取得。2人ということもあり、酷い怪我をすることなく森を抜け町へ到着。
「兄の小説では、町へ入る前に強盗と会うんだっけ……」
強盗は町の一番金持ちの娘を倉庫に隠した。身代金目当てなのは言うまでもないだろう。
それを偶然知った勇者は、強盗に立ち向かい娘を奪還。
親はお礼として身代金に使う予定だった一部を勇者に渡す。そのおかげで勇者は屋根のある部屋で休みを取ることに。
次の日、勇者が食料調達をしている最中に凶報を耳にする。
昨日助けた娘が殺されたとのことだった。
話を聞いてみると、どうやら娘は強盗の頭領に恋をしていたそうだ。頭領はその娘を煩わしく思いながらも、利用してやろうと甘い言葉で囁く。
『親の金を使って遠くに逃げよう。俺は金を十分に持っていないから、お前に不自由をかけるかもしれない。でも、お前となら幸せになれる』
親から金を受け取れたらすぐにでも娘ととんずらをかます予定だったらしい。
だが、勇者の加勢により失敗。
娘はどうしても親元から離れたかったらしい。自身で貯金していたものがあると現金を手渡したところ、頭領はその場で娘を斬り殺し、金を持って行方をくらましたとか。
「もしかして私、死ぬ可能性があったりする?」
小説の娘のように、強盗の頭領に恋に落ちてお金を差し出すなんてことはないが……。
むしろ小説の展開を辿るかどうかも実際わからない。村での対応だって、兄が書いたストーリーとも、私が書いたストーリーとも違うのだ。
2人で村を救ったはずなのにまるで救えなかったような展開になってしまった。
逃げるように村を出てしまっている。そこだけ見れば、兄の小説の展開に近いものを感じるのだ。
「夢の中だから兄と私の小説がごちゃごちゃになってるの?」
そう考えれば腑に落ちるような落ちないような……。私がまだしっかりとまとめあげないまま小説を書き出してしまったから、夢の中で齟齬が起きている?
「そんなこと考えてないで、今の状況をどうにかしないと」
夢の中のはずなのにズキズキと痛む頭。その痛みを無視して動ける範囲で何かないかともがく。
そんなことをしていると、扉が開き、光が一気に目に入り込む。
目が眩んで敵か味方かも判断できずにいたが、「トオル」という聞き慣れた声に安堵した。
「悪い。俺が離れている間にまさか攫われるなんて思いもしなかった」
シロに聞いたところ、シロが少し水を汲みに行っている隙に強盗に攫われたらしい。
しかも私たちが救った村の村長の差し金だと言うのだ。
「もし俺がトオルを見つけられなかったら、お前だけ村に逆戻りだったかもな」
「……ずっと村に縛り付けるつもりだった、てことか」
「そういうことだ。…………あと、お前には言ってなかったんだけど、村にずっと居続けた場合、儲け道具として利用するつもりだって聞いた」
だから長居したくなかったとシロは申し訳なさそうに目を伏せた。
「言ってくれればよかったのに」
「トオルは単純だから、落ち込むと思って」
「さすがにそこまでじゃないよ!」
「そうか? 俺には傷つきやすいガラスのハートの持ち主にしか見えないけどな」
「鋼の心ではないし……否定しづらいな」
私を縛っていたロープをシロは丁寧に解いていき、痣になっている箇所に塗り薬を塗布する。手際の良さに感心してしまう。
「シロ、助けてくれてありがとう」
「良いよ。俺だってお前に助けてもらってるし」
腕を引かれて倉庫から出る。数時間閉じ込められていただけなのに、なぜかとても陽の光や温もりがとても久しく感じた。
「町に到着したらまず何か食べようよ。きのみとかうさぎ肉じゃないものがいいよね」
「そうだな! 流石に飽き飽きしてきたし。強盗のやつから金も奪っ……じゃない貰ったし」
「ふふ。どのくらい? 宿に泊まれるくらいあるなら嬉しい」
「お前……あんまり金の出所気にしないタイプ?」
「そうかも。盗られちゃった人には申し訳ないけど……。その分私たちが有効活用させてもらおう」
「ならよかった。それなら心置きなく強盗からは盗めるわけだ」
無邪気な笑顔で言うシロに、私もつられて笑った。