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男の子の後を追いながら、私はふと思い出す。
「そう言えば、プロットは壁に貼りっぱなしだったて聞きましたけど、私貼ってあったの気づかなかったんですよね」
兄の部屋も掃除したのにな〜。と溢すと、黝さんは一瞬目を見開いたがすぐに口を開いた。
「皓の部屋の隣の部屋に貼りっぱなしだったからね」
「兄の部屋の隣って部屋ありましたっけ。掃除しとかないとな……」
「いやいや、俺が掃除しとくから君は執筆頑張って」
そう言って苦笑する黝さんに、違和感を覚えながら、男の子を見失わないように少し速度を上げる。
――結構歩いた気がする。でも、夢の中だからなのか、疲れは一切感じられない。
男の子は川を見つけ、すかさず手ですくって水を飲んだ。水に濡れた口元を袖で拭き、リュックに入れていた竹筒を取り出し水を汲む。
リュックに竹筒を仕舞い込んだ後、歪なおにぎりを取り出した。確かあれは、男の子が自分で作った塩おにぎりだ。
小説の通りであれば、ここでおにぎりを川に落としてしまう。拾おうにも川の流れでおにぎりは形が崩れてしまい、空腹のまま先に進むことになる。
「君、一人?」
「ちょ、透さん!?」
おにぎりを落とす前に話しかけてしまえば良いのでは? と考えた私は、黝さんの声を無視して茂みから出て、男の子へ近寄る。
男の子は警戒しているのだろう、睨むようにこちらを見た。
「……あんた、誰」
「ただの通りすがりだよ」
おにぎりを取られまいと、さっさと食べ切ったのを確認して、私はとりあえず安堵した。
これで空腹なまま先に進み、不味い木の実を口にすることもないだろう。……兄の小説内の勇者なら。
「夜になる前にこの森を出なよ? 危ないから」
「……そんなことわかってるよ。じゃあな、知らない人」
一緒に行こうかという提案をする前に、男の子は川で手を洗い駆け足で前に進んで行った。
「待って!」
手を伸ばして男の子の手を掴もうとしたが空振り。そのせいで、私は体のバランスを崩し、そのまま川に落ちることになった。
◇
目を覚ますと、私はベッドの上。
体を起こして辺りを確認したところ、兄の部屋だった。
……夢から覚めた。ということだろうか。
「あ、起きたんだね。おはよう」
毛ばたきを持って部屋に入ってきた黝さん。
「……掃除、ですか?」
「うん、そう。昨日なぜか夢の中に君が出てきて、隣部屋の掃除の話をしてね。これやらないといけないフラグだな? と思って」
こうして朝から掃除をしているんだよ。と毛ばたきをゆらゆらと揺らしながら、にこやかに笑う。
「黝さんも兄の小説の夢を……?」
「ん? 皓の小説の夢? それは覚えてないなぁ。"も"てことは、君は兄の小説の中に入り、俺と部屋の掃除の話をした……ということ?」
「はい」
「なるほどねぇ。小説のことばかり考えていたから、そうなったのかな? 面白いねぇ」
口では面白いと言っているが、あまり興味がない様子。黝さんは毛ばたきを意味もなく左右に振っている。
……そういえば、私はここで寝落ちしてしまったのだ。黝さんがここを使うハズだったのに。
「寝落ちしてしまってごめんなさい。すぐ片付けて出ますね」
「いいよいいよ。むしろ俺が勝手に上がり込んだんだし。俺は掃除に戻るよ。あ、パンケーキ作ったんだ。もしよかったら食べてね」
それだけ言うと、黝さんは部屋から出ていった。
私も後を追うように部屋を出ると、黝さんが山になっている荷物を少しずつ崩しているところだった。
ドアがギリギリ開く程度はすでに片付いていることから、プロットを取りに来た時は、その隙間から入ったのだろう。
「壁のように積まれていたから、隣の部屋に気づかなかったんですね……」
「そういうことだろうね。ここは俺が片付けるから気にせず執筆作業頑張ってね」
「わかりました。ありがとうございます」
階段を降りると、パンケーキの甘い匂いに気がつく。
リビングまで行くと、フードカバーが被せてあった。それを取ると、さきほどより甘い匂いが漂う。
まだ作ったばかりなのだろう。ほんのりと暖かい。
「腹が減っては戦はできぬ、と言うし……ありがたくいただこう」
いただきます。そう口にして、まず何もつけないままパンケーキを頬張る。
パンケーキは、想像よりもふわふわで美味しい。お店のものかと疑うほどだ。
近くに置いてあった書き置きに、「お好みでどうぞ」と書かれているハチミツとバター。
プレーンでも美味しくいただけるのに、この2種を使ってしまって良いのだろうか? と10秒ほど悩んだが、用意してもらっているのだから良いだろうとどちらもつけて味わう。
「甘くて美味しい」
「気に入ってもらえたようで良かったよ」
「! い、いつのまに?」
あれだけ荷物が積まれていたのにもう片付けたのか? それとも休憩? どちらにせよ独り言を聞かれてしまい、少し気恥ずかしい。
「俺、パンケーキが大好きでね。何度も作ってたら美味く作れるようになったんだ」
意外でしょ? と言うように私に笑いかける黝さん。
「こだわりを感じますね。これなら毎日食べても飽きなさそう」
「ありがとう。でも、それは言い過ぎだよ。……あ、皓のせいでご飯モノも作れるから、ここに居る間は俺が作るからね」
食材も皓から貰ってるお金で俺が買いに行くからね。と少し楽しそうに見える黝さん。
黝さんの新しい一面が見れて少し嬉しいなと思いながら、私はパンケーキを食べ終わるのだった。