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 早速、黝さんに話を聞いてみようと紙とペンを持ち階段を上る。


「黝さん、ちょっと聞きたいことがあって来たのですが……」


 兄の部屋をノックすると、すぐに黝さんが扉を開けた。


「来たね。俺が知ってる範囲なら全部教えてあげるよ」


 どうぞ。と中へ通され兄のベッドに腰掛ける。

 黝さんはオフィスチェアに座り、デスクに置いてあったノートを手に取った。

 見たところかなりくたびれているが、何が書かれているのだろう。


「……それは?」

「これは皓のネタ帳みたいなものだよ。……書いたのは俺だけど」


 見てみる? と渡されたノートを覗き込んだが、読めない文字で埋め尽くされていた。


「これは何語ですか?」

「皓が作った文字だよ。『黝は物覚えが良いから全部覚えてくれ。小説に書くときは翻訳してもらうから』て覚えさせられたわけ。魔王についてなら大概これ読めばわかるって感じかな」


 文字を作り、覚えさせ、書かせる……どれだけ友人を酷使しているんだ。

 

「魔王について詳細が書かれているんですか?」

「そうだよ。皓曰く、『魔王の話を盛り込めなかったから妹が一番引っかかるところは魔王の過去や性格』て聞いてたから魔王の話でも聞きに来たのかな? と思ったけど……違った?」


 私は兄のことをあまり理解できていないのに、兄は私のことを理解しているようだ。

 悔しくはあるが、私のことをしっかり見ていてくれていたのだと思うと少しだけ嬉しかった。


「そうです。魔王について聞きたくて来ました」

「やっぱりそうなんだね! じゃあ、まず皓の作ったこの文字を覚えてもらうところから始めようかな」

「えっ!? じょ、冗談ですよね?」


 にっこりと笑うそれは、冗談ではないという無言の圧のようだ。

 私は小説を書く前に詰むかもしれない。黝さんから手渡された文字の羅列に眩暈がした。


 

 ――兄はすぐ凝る性格だ。だからこそ小説内で一切反映されない世界の文字を作り出してしまったんだ。

 早めに取り掛からないと締切に間に合うかどうか分からないと言うのに……。大きくため息を吐きながら、兄の作った文字を眺めた。


「これ、何かの文字を少し変えただけ……とかないんですか」

「そう言う話は聞いてないねぇ」


 少し楽しそうに笑う黝さん。その様子からして、熟達するまでにかなり時間をかけたのではないかと推測する。そして、その苦しみを私が味わうのが少し嬉しいのだと思う。

 痛みを分かち合うというかなんというか……。


「黝さんはどのくらいで覚えられましたか?」

「俺? 俺は……2,3日くらい」

「…………ほんとうに?」

「? うん」


 覚えられて当たり前。のような黝さんの顔。

 ……前言撤回しよう。この人は痛みを分かち合うとかそう言う気持ちで私を見ていたわけでは無いと。もちろん私が勝手に思っていたことなのだから、間違っていても不思議では無いのだが。


 黝さんが出してくれた小さなテーブルにノートを置き、私は黝さんに見守られながら必死に白紙のノートにペンを走らせるのだった。

 

 



 いつの間に寝てしまったのだろう。眩しい光に照らされて、上体を起こす。


「あれ? 何この格好」


 私はワンピースを着ていたはずなのに、今は冒険にでも出るのかと聞きたくなるような服装だった。

 しかもファンタジー世界での話、だ。


 辺りを見渡すが、木で覆い隠されている。兄の家は自然が多かった。しかし、ここまで木が密集する場所はなかったように思う。

 それ以前に、私は黝さんと兄の部屋にいたはず……。


 そういえば黝さんは?


「黝さん……いませんかね」


 大声を出しても良いのか分からず、独り言のようにポツリとこぼす。

 近くには居ないようで、声は返ってこない。人の気配も感じられない。

 寝ている間に一体何が起きたのか。

 

 考えていても仕方ない。私は木々の隙間から見える太陽を頼りに歩き始める。

 

 土を踏みしめる音や風の通る音。私が身につけている布や金属の音が響く。

 歩き続けても鳥の囀りは聞こえてこず、虫が飛び回っている姿もない。

 ……獣も虫も居ない森など、存在するだろうか?


 不思議に思いながらも進み続けると、やっと視界が開けていく。最初に目に入ったのは、少し古ぼけている民家だった。

 そこに行けばここが何処なのかわかるかもしれない。

 民家に向かおうと足を前に出した瞬間、誰かに肩を掴まれる。


「! 黝さん!?」

「警戒心なさすぎじゃない?」

「でも、何も分からないよりかは良くないですか?」

「……そうかもしれないけど、他に家はないし、素行が悪い人間が住んでる可能性を考えられない?」


 何されるかわからないでしょ。と黝さんは困った顔をした。

 一応常識人はあるようだが、突然人の家に現れた男が言う言葉だろうか。腑に落ちない気持ちを抱きながらも、私は頷く。


「……確かに、そういうこともあるかもしれませんね」

「でしょ。少し家の様子を見てからでも遅くないと思うよ」


 そう言って黝さんは隠れるように茂みに入る。私もその隣に並ぶと、家の様子を伺った。


「人が出てきたね」

「……あれは、男の子とその両親?」


 声はよく聞こえないが、男の子はリュックサックを背負っており、木で出来た剣を腰に刺しながら何か話している。


 口論になっているのか、両親は顔を顰めており、男の子はムッとした顔をしている。


「俺は魔王を倒しに行くんだ!」


 そう大声で言い放ち、男の子は勢いよく森の奥へと走って行ってしまった。


「……勇者?」


 根拠もないのに私は兄の小説に出てくる少年と、あの男の子を重ねた。

 もしここが小説の中であるのなら、きっとまだ夢の中なのだろう。


「あの子、追いかけてみる?」

「……そうですね。行きましょう」


 夢の中で映像付きでおさらいできると思えば、それはそれでイメージが膨らみやすいかもしれない。

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