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 いざ、「兄の小説を私なりに書き直すぞ!」と意気込んでみたが、すぐには書き進められない。

 

 自分用に入れた甘めのコーヒー片手に唸る。出来上がっているものに手を加えるのは、こんなにも難しいことだったのかと痛感する。

 眉間にしわを寄せる私を見かねてか、黝さんは口を開く。


「そういえば、皓の作ったプロットがあったと思うよ。持ってきてあげる」

「ありがとうございます。でも、プロットもPCに入っているのでは?」


 作業風景は一切知らないのだが、兄は「PCさえあれば小説なんてどこでも書ける」とか、「紙に書くなんて時間がかかりすぎる。字が汚かったら読めないし無理」とか否定的だったからだ。

 そのPCはもちろん海外に行く際に持って行っているため手元にはないはず。

 

「確かにPCでプロット打ってたよ。けど、印刷して壁に貼ってた方が、すぐ見返せて良いって言ってたし……どこかにある思うよ」


 見てくるね、とリビングから姿を消した黝さん。

 兄は一人で住んでいるくせに、なぜかこの家は二階建。しかも兄の部屋は二階にある。

 わざわざプロットを取りに二階へ行ってくれる黝さんに感謝しつつ、冷えてしまったコーヒーを啜る。

 

 プロットが見つかってから再開するかと、一気に飲み干し、流し台へ持っていくために席を立つ。


「! もう見つけたんですか?」


 流し台へカップを置きに席を立っただけなのに、すでに黝さんはソファに座っていた。リビングと流し台の距離などたかが知れているというのに、その間に帰ってこれるものだろうか。疑問に思いつつも私もソファへと座る。

 

 テーブルに目を向けると、横に長い紙が一枚と、長方形に切られている大量の紙が置かれているのに気づいた。

 

「壁に貼りっぱなしだったよ」


 これがプロットね。と横に長い紙を指差した。よく見ると、紙の四隅にセロハンテープがついていた。

 張り付かないようにか、セロハンテープは、紙の裏に折りこまれている。


「かなり細かく書かれているんですね」


 A4用紙を何枚か繋げているだけでも驚きなのに、紙にはかなりの文字数が印字されている。

 

「変更するたびに印刷し直してたからねぇ。いらなくなったものはすべて裏紙いきだよ」


 長方形の紙を指差し、そう黝さんは言った。

 かなり量があるが、どれだけ印刷し直したのだろう。切り刻まれていなければ、きっとそれも読みたくなっていただろう。

 

「へぇ……」


 あまりにも事情を知っている黝さんに、思わず漏れた少し低めの声。

 

 実家暮らしの時は部屋に篭りっきり。しかも部屋に誰も入れたがらなかった。

 私より兄のことを知っている黝さんに、少し悔しいと思ってしまう。それはきっと、いつも無関心な兄だったからだろう。

 それを察してか、黝さんは苦笑しながら言う。


「あ、言っておくけど全部話で聞いてただけで、作業中は部屋に入れてもらえてないからね。こっそり入ったらすごく怒られた」

「……そうなんですね。兄はそういう話も全然してくれなかったから知らなかったです」

「なんか複雑そうな顔してるけど……俺が皓の編集者的な存在だったからであって、変な関係じゃないからね?」


 「想像しただけでゾッとする」と、殺意のこもった声色。そして一瞬だけ歪んだ顔。


 私が何かあったのかと口にする前に、黝さんはすぐにヘラリと笑った。

 

 さっきのは私の気のせい? それとも昔そういう話があってうんざりしているのか。詳細はわからないが、もう聞けそうな雰囲気ではない。

 

「どうせなら、君とそういう関係がいいよ〜」

「……冗談でもやめてもらえます?」

「辛辣! ま、いいけど」


 黝さんは、テーブルに視線を落とし、ペンを持つ。大量にある裏紙の1枚を取り、何かを書き始めたと思ったら、それを私に手渡す。


「これ、俺の連絡先。俺がいると集中できないと思うから、皓の部屋にいるね。気になる事とかあったらここに連絡するか、部屋まで来てね」


 私の返事を待たず、黝さんはリビングから離れた。


 ◇


 私は黝さんが持ってきてくれたプロットを眺めた。びっしりと書かれすぎていて目が滑ってしまう。

 

 文字数などの関係で活かせていなかった部分もあるようで、×印がついている部分もある。その中でも私の興味を引く項目を見つけた。


「……魔王の過去話?」


 小説内では語られなかった魔王の話。人間を不幸にしたり、人間の肉を食う悪いバケモノとして扱われていたが、何を書こうとしていたのだろう。

 どんな過去が魔王にあったのだろうと探してみたが、プロットには詳細が書かれていない。


 別に魔王が好きと言うわけではないが、ただ悪者として扱うには、小説内で語られている非道な行いが少ないように感じていた。

 

 あまりメイン以外に視点を置かず、読者に「ざまぁ」と思わせる描写があれば、それだけで評価が得られる。

 それについては前々から知っているつもりだが、この魔王は少年との戦いの時も、少女との戦いの時も自分のことを語らなさすぎる。

 

 なぜ人間を不幸にするのか、なぜ人肉を食う必要があるのか。悪役だからと片付けてしまうにはあまりにも魔王について不明点が多い。


「こうやって考えると、絶賛されている理由がわからなくなってきた……」


 続編で語られると信じていた層がいた? それとも皆、魔王は悪役だからと深く考えていなかった?

 

 謎は深まるばかり。魔王の過去話について、黝さんに聞いてみようかな。

 魔王の過去を理解して書き直せば、きっと私のモヤモヤした気持ちもおさまるだろうと信じて。

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