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ハッピーエンドで終わらせて  作者: 勿夏七


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 また夢を見ずに目が覚めた。

 痛みは引いていて、腕も難なく動かせるようになっている。

 傷口も昨日と比べると驚くほど綺麗だった。よく見ればまだ僅かに傷は残っているが、じき消えるだろう。

 夢は見ていないが、2人は無事国まで戻ることができたと考えられる。


「夢が見られないのも、それはそれで厄介だなぁ」


 傷口のあった箇所を抓ったり叩いたりして痛みの確認をしたあと、私は黝と朝食を取るためにリビングへと足を運んだ。

 私が来たことに気づいた黝は、食事をすぐに用意してくれた。

 今朝は小松菜を使ったスープとトーストだった。


「鉄分が多いらしいから今日はこれ」


 スープを置いた後に黝はまたキッチンに戻ってしまった。せめて私からのお礼を聞いてから行って欲しかった。

 

 座る時に気づいたテーブルに置いてあるスマートフォン。

 わざわざ鉄分の多いレシピ検索をしてくれていたようで、画面にはレシピ一覧が表示されていた。

 私が昨日貧血で倒れそうになったから作ってくれたのかもしれない。

 しかし、黝には貧血であることを言った記憶はない。

 もしかしたら顔色で気づいたのだろうか。察しのいい悪魔として作ったつもりではあったが、ここまで完璧にこなせるとは思いもしなかった。

 

 「いただきます」と手を合わせてスープを飲む。私好みに味付けされているそれは、私の苦悩を一時的に忘れさせてくれる。

 腹ごしらえをしたらすぐまた執筆に取り掛かろう。

 先延ばしにしてもいいことはないと身をもって知っているから。


 

 ◇


 

「透!」

「そんなに慌ててどうしたの?」


 PCに打ち込んでいる最中だったが、黝の慌てっぷりに先ほどまで何も聞こえなかったのが嘘のように環境音が耳についた。

 こっちに来てと腕を引かれ、兄が眠っている部屋まで連れて行かれた。

 すると、そこには大怪我を負っている兄の姿があった。


「念のため外傷がないか今日改めて調べてたら、痛々しいのがあってさ」

 

 お腹を捲ったところ傷が見え、服を脱がせたのだそうだ。

 そしたら胸から腹の辺りに切られたような傷ができていたと。

 私の時と同じく血は出ていない。だが、肉は抉れ骨が見えてしまいそうだ。


「お兄ちゃんも私と同じく夢で怪我をしているの……?」

「仮にそうだとして、配役は?」

勇者(シロ)かな」

「少年が皓で少女が透、そして俺が魔王。ありえない話ではないだろうね」


 念のため消毒をして包帯を巻いた。

 これだけ深い傷なのだからシロが動けなくなっている可能性はある。

 私の傷が治っているのでなんの弊害もなく国に戻れたものだと思っていたが、何があったのだろうか。


「私って、小説内で治療をしていたよね?」

「確かにしていた。けど、それは浄化魔法であって、傷を癒す回復魔法ではなかったはずだ」

「そっか……。もう読んでからだいぶ経ってるから少し忘れてるのかも」


 軽い切り傷であれば魔法瓶を飲めばすぐに治る。だから回復魔法の取得はあまり考えていなかったように思う。

 魔法の取得には膨大なお金が必要だったはず。そのせいもあるだろう。

 最終的には、魔法瓶の節約のために極力怪我を負わなければいい。というスタンスだったような気がしてきた。


「魔法で眠らせることってできるんだっけ」

「できるよ。でも、夢が見られる保証はないけど」

「試すのはタダだし、ね? お願い」

「ブラコンが」


 そう言いながらも私の頭を掴んだ。その一瞬で眠気が襲い私は意識を手放した。




 ――見慣れない天井に思わず私は勢いよく起き上がる。

 あたりを見渡したがシロはいない。

 どのような経緯でここにいてシロと一緒にいないのか、夢の中の出来事を思い出す。

 思い出すと言っても、実際私が体験したわけではないのだが。


「国に入る手前でモンスターに遭遇してしまった。それで、襲われそうになった私を庇ってシロは怪我を負った、と」


 その後シロを助けようとして私も怪我をした。もうダメかもと思ったところで助けが来た。

 国の近くだったこともあり、なんとかたどり着いたようだ。

 

 ……そもそも私、弱すぎないか。

 これでよく1人旅をして世界を救ったものだ。

 もしかしたら兄の作った少女よりも弱体化されている可能性もあるが。


 話を戻して……私の治療は簡単にできたが、シロの怪我はすぐには治せないと。

 もし治したいのなら、かなり高い金額を積む必要があると言われた。

 それに対して私は怒り、シロは冷や汗をかきながらも私を落ち着かせた。

 

「で、私は回復魔法を覚えようと王様に頭を下げたわけね……」


 だからこんなにも部屋が豪華なのか。

 王様の計らいなのだろう。きっと勇者(私達)が魔王を倒してくれるだろうという期待。


 それもあって、教師はかなり優秀な人を用意してくれた。

 そしてシロを実験台に何度も何度も魔法をかけた。

 それでもすぐには治らず、今もこうして王様が用意してくれた部屋で休ませてもらっているのだ。


「こんなに良くしてもらって、私はどうして早く取得できないんだろう。私に何が足りないんだろう」


 緑色に光る手。これが回復魔法の時に現れるもの。切り傷くらいなら治せるようになったが、これでは足りない。

 大怪我を負った人間を治すには青い光が必要なのだと教師は言っていた。


「ごめんね、シロ……お兄ちゃん」


 私が大金を持っていれば、私が回復魔法を最初から覚えさせていれば。

 申し訳ない気持ちで胸がいっぱいだった。

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