19
強烈な痛みで目が覚めた。
夢を見た記憶もない。寝る前に怪我をした覚えもない。
それなのに私の腕には大きな切り傷があった。
血は出ていないものの、跡が残るのではないかと思うほどの深い傷。
傷口はほとんど塞がっていて血が出る心配はなさそうだ。
だが、触らなくても痛みはあり、触ると余計に痛い。
また、暖かい布団で眠っていたはずなのに、自分の体はひどく冷えていた。
「夢を見ていないのに物語が進行している?」
ただの憶測でしかないが、ほぼ確証とみてもいいだろう。
そうでないとこの傷について説明がつかない。
朝食の際、黝へ身体に異常はないか確認したところ、特に怪我をした形跡はなかった。
痛みもなく快適に過ごしていると話してもらい私は安堵した。
「よかった。ということはまだ魔王には会いに行けてないのかな」
「何がよかった。だよ。顔色悪いしずっと腕押さえてるし、透はボロボロじゃないか」
私の腕の傷をじっと眺め、不快な表情を浮かべる。
おもむろに立ち上がった黝は、リビングに置いている救急箱を手に帰って来た。
傷口に消毒を施し包帯で傷を覆った。
「消毒、痛くないのか?」
「消毒が染みる感じはないよ。でも、触られると痛みが酷くなる」
「そう。……こんな傷が半日も経たずして傷口が塞がるわけもないし、夢のせいっていうのは事実かもしれないね」
何か思い出したかのように黝は兄の部屋へと向かった。私も後をついていった。
私は兄が起きている可能性や、何かしら新しい発見があることを期待していたのだ。
だが、兄は変わらず目を瞑っていて、一度も動いた形跡はない。
黝は身体を触り始め、「皓にも大きな傷はなさそうだ」と落ち着いた声でそう言った。
「寝てても痛かったら呻いたりするのかな」
今にも腕を思いっきりつねりそうな黝を慌てて兄から引き剥がす。
黝は不満そうだが、私の腕を振りほどくことはしなかった。
「さすがに可哀想だからやめてあげて……」
「こいつのせいで俺や透が可哀想になってるのに?」
「……ひ、否定できない」
元凶は兄だと言っても過言ではない。それは確かなのだが、好きで呪われたわけでもないのだから、兄を一方的に加害者と言うのも気が引ける。
「治療魔法を覚えてたらよかったんだけど……」
「黝には自己再生能力があるでしょ」
「透に使うんだよ。痛みで執筆できなさそうだし」
「痛みを消す魔法でどうにかしてもらえれば」
「無理させて傷口開いたらどうするのさ」
黝は1人でなんでもできる悪魔にしている。だが、人には治癒魔法を使えない。
また、黝の自己再生能力は万能ではない。軽い傷であれば簡単に治せるが深い傷はそう簡単に治せない。
深い傷を負った場合は自分ではどうしようもない。そのように設定したのは、主人公やその仲間と接点を持たせるための大切な欠陥なのだ。
「パソコンなら片手で打てばなんとなかるから大丈夫だよ。ありがとう」
時間はまだあるし、ある程度プロットはできている。
片手では速度は落ちてしまってもどうにかなるだろう。
執筆作業に戻ろうと黝と別れ、部屋に入る。その瞬間視界がぼやけ膝をついた。
貧血のような症状。だが、私は現実で血を流していない。
「傷はあるんだし、夢の中で血を流した場合、現実の私の血も減っているってこと……?」
だとしたら更に慎重に行動しなければ兄の小説によって、現実の私が死んでしまう可能性もあるのかもしれない。
そう考えるだけでぞっとする。
少し前、夢で殴られた箇所が痛むことはあった。また、傷つき血が流れた場合でも痛みだけで傷が現実の私についていることはなかった。
今は夢を見ていないにも関わらず傷ができていて、血が不足している感覚まである。
「なんでどんどん状況悪化してるの?」
無理矢理完結に持って行こうとしているからか。それとも時間経過によって元々悪化していく呪いだったのか?
理由はわからないが、もたもたしている場合ではないのは身をもって知ることになった。
黝や兄に被害が出る前に何かしら対策をしたい。
だが、原因である夢も見られず、私が物語をコントロールもできないとなれば手も足も出ない。
「少女が治療魔法を覚えたら、私が使えるようになったり……しないかな」
一か八か、話の内容を少し変えて、治療魔法を覚えてから魔法を倒しに行くよう調整をしよう。
どの程度現実に影響するかはわからない。だが、何もしないよりマシだ。
「寄り道はどこにしよう」
新しい場所をまた1から考えるのは時間がかかる。既存の場所に戻ってどうにかできればいいのだが……。
「そうだ。王様のところに治療魔法を使える魔法使いがいたことにしよう」
シロの怪我や自分の大怪我をきっかけに、「私が治療魔法を覚えたら回復薬の節約になるしいいかも」と少女は取得を決断。
シロも「魔王の強さはわからないけど、会得するに越したことはないよな」と賛成する。
誰に学ぶかを2人で考えた結果、自分たちを快く受け入れてくれた王のところで学ぼうと一度戻ることにした。
「うん、よさそう。そこでまず自分たちの怪我の治療をしてもらってから弟子入り、かな」
回復さえしてしまえばきっと現実の身に怪我を持ち越すこともないだろう。
私は片手でもできるだけスピードを落とさないよう一生懸命文字を打ち込んだ。




