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「……けて。助けて!」


 掠れ声で必死に叫ぶ誰か。叫んでいるその人はボヤけていてわからない。ノイズが酷く、声で性別や年齢を予測することもできない。

 その人は私に助けを求めているかのように、こちらに手を伸ばしていた。考えるよりも先に私は手を伸ばして、その人の手を握りしめていた。


 ◇


 手に何か温かいものが纏わりついてきて目が醒める。

 夢の中で伸ばしたのであろう手に、いわゆる恋人繋ぎと言われる繋ぎ方で手が握られていた。


 男の手であることはゴツさでわかった。兄のイタズラかと思ったりもしたが、兄は海外に行ったばかりなのだからありえないだろう。

 まじまじと手を眺めていると、手の持ち主であろう男の声がした。


「いつまで握ってるつもり?」


 聞き覚えのあるような声に、疑問符を浮かべながら起き上がる。

 しっかりと相手の顔を見てみたが、視界がぼやけてわからない。


「おはよう寝坊助さん。はい、メガネ」


 手渡されたメガネを受け取り、もう一度男の顔を見た。

 男は髪を銀に染めており、耳にはたくさんのピアスをしている。


「……誰ですか」

「結構落ち着いてるね。誰だと思う?」


 胡散臭い笑顔で私に問いかける男。質問を質問で返すなよ。と思ったが、自分の感情を無視して口を開く。


「兄の友達……?」

「そうそう。君の友達でも知り合いでもなけりゃ、そうなるよね」

「でも、こんな奇抜な人がいたら覚えてそうな……」

「それ独り言? 本人の前で言うの結構勇気いらない?」


 ヘラヘラしながら私の隣に腰をかけ、テーブルの上に置いていた小説を手にする。私が読んでいた小説だった。


「君、お兄さんと同じで作家でしょ? この本、書き直してほしくて来たんだよ」

「自分でやれば良いじゃないですか」

「君じゃなきゃダメなんだよ。改訂版については兄の(こう)に許可取ってるし」

「え? ……改訂版って、なんですか?」

「スランプな君を想ってじゃない? 過激にしすぎたからマイルドにして〜て言ってた。手紙にでも書いてあげればよかったのにね。サプライズにしたかったんだって」


 話を聞いたところ、兄が書いた小説をハッピーエンドに書き直してほしいということらしい。


「でも、私は私でオリジナルを執筆しなくちゃいけなくて……」

「担当さん、黙らせればいいんでしょ?」

「まぁ、間違ってはないですけど……言い方どうにかなりません?」

「まぁまぁ。……担当さんからも『面白そうだから』て許可は貰ってるから」

「……いつそんなものを?」


 そう聞くと、男は黙って紙を手渡してきた。

 そこには、私が所属している会社名と担当名が記載されている。また、内容はオリジナルが書けなくてもいいから、そちらを優先して完成させるようにとのこと。


「うちの担当さんとお知り合いですか?」

「いや? 君のお兄さんの名前出しただけだよ〜。あと、肉親が別の視点で書いたら話題になるんじゃないのか? て助言しただけ」


 担当さんには兄が今売れてる作家であることは言ってあるが、まさかこんな形で利用されることになるとは思いもしなかった。

 私が顔を歪めていたせいか、男は首を傾げた。


「嬉しくない? まさか俺、余計なことした?」

「そんなことは……! つい最近この小説を読んで、私だったらどう書くかなと考えていたんです。なので、不思議な縁だなぁと思っていただけなんです。気にしないでください」


 慌てて訂正したところ、それならよかったと言わんばかりに笑みを浮かべる男。……そういえば兄の友達というが、名前を聞いていなかった。


「それはそれとして、お名前聞いてもいいですか? 私は(とおる)です」

「自己紹介してなかったね。俺は(くろ)。よろしくね、透さん」


 

 ◇


 

 黝さんについて、あまりにも不明点が多かったため、あれこれ質問をした。


「何故この家の場所を知っているんですか?」

「この家には、ちょくちょく遊びにきてたから知ってたんだよ」


 お兄さんの友達だからね。と、黝さんは先程淹れたばかりのインスタントコーヒーを一口飲んだ。

 

 キッチンを確認したところ、コーヒーメーカーなんて高価なものもあった。しかし、まだ細々としたものはしっかりと掃除ができていないため、私が自分用にと買っておいたインスタントコーヒーで今回は勘弁してもらった。

 今度、自分のためにもコーヒーメーカーを洗っておこう。

 

「……では、鍵をかけていたはずなのに、何故家に入ってこれたのでしょうか」

「鍵は君のお兄さんから借りてる」


 ほら。とキーホルダーも何もついていない銀色の鍵を見せてくれた。私が預かっている鍵と同じ形をしているし、スペアとして作っていたのだろう。


「あと、好きに出入りしていいよって言われてたからそうしてただけだよ」


 納得した? そう聞きながらまたコーヒーを飲み、黝さんは笑顔で私を見た。

 

 兄とそれほど仲の良い友人がいたことに驚いた。

 ……正直、自分の兄のことながら、わからないことが多すぎる。だから、気にしないのが得策なのだろう。


「あ、そうそう。今回は君の監視役も兼ねてここに住むからね」

「ええ?! 黝さんは私が兄の小説の書き直しが終わるまで、ここで過ごすってこと……ですか?」

「そのつもりだよ。『妹をよろしくね』て言われてるし。あ、君に手を出したりはしないよ。そんなことしたら、君のお兄さんに殺されちゃう」


 あはは、と軽く笑ったあと、黝さんはコーヒーを飲み干して一息ついた。


 会社から許可がおりていて、しかも家の鍵を持っていることから、嘘はついていないように感じるが……。

 私が例の小説を読んでから現れ、突然書き直してほしいという依頼が来るのは、あまりにも出来過ぎている。

 

 だからと言って、黝さんが私の前に本を落としたとは物理的に考えにくい。と考えると、やはり偶然なのだろう。読んでいなかったとしても、読んでから書き直しを依頼されていたのかもしれないし……。


 もう考えるのはやめよう。

 これから期限までに小説の書き直しをしなければならないし、兄の友人と同じ屋根の下で過ごさなければならない。

 そっちの方がもっと一大事なのだから。

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