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朝食時に夢の話やその夢に黝さんが出てきたことを話した。
黝さんはあまり興味がないのか、ただただ相槌を打ち私の話を聞き流している様子だった。
「……興味ないですか?」
「夢は夢だしね。その夢の中の俺は俺じゃない。でもまぁ、続きを書くことには賛成かな。もちろん、君の精神が安定してからで良いからね」
無理はしないで。と先ほどとは打って変わって優しい笑みを向けてくれる黝さん。
「でも、書かないことで私が見ている夢がおかしくなったり……」
「夢でしょ? なら君の書く小説とは関係ない」
笑顔なのに圧を感じる黝さんに、思わず口を閉ざす。
夢の中の俺は俺じゃない。夢は夢。
笑って聞き流せば良いものをこうも棘のある言い方をするのは何故だろう。
「……兄のことは好きですか?」
「…………嫌いだよ」
心底うんざりしていそうな表情。兄に頼まれてここにいる筈だが、弱みを握られているだけで、あまり仲は良好ではなかったのだろうか。
でも、ここに住み、ここで兄の創作活動を支援していた。それは間違いない筈で。
ということは、兄の小説は好きだったのだろうか。
片付けるよ。と黝さんは空になった食器をまとめて席を立った。
「さ、最後に! ……兄の小説は好きですか?」
「大っ嫌いだね」
そう言い残して、黝さんはさっさと奥へと行ってしまった。
兄のことも小説のことも嫌いだと言う黝さん。それでも兄に頼まれて、私の生活を支えてくれている。
そこまでする理由はなんだろう?
考えてみても私には答えに辿り着けそうもない。
仕方なく部屋へと戻って魔王のことをまとめたノートを読んでしまおうとページをめくる。
「あれ? 白紙……」
みっちりと詰まっていた文字は無く、次のページをめくっても何も書かれていなかった。
まるで元々何も書いていなかったように。
読む前にざっと最後まで確認した時は、余白があるのかと疑問に思うほどに詰め込まれていた。
それがどうして消えているのだろう。
消した跡もない。ノートを破ったりすり替えたりした様子もないのに。
「この家に来てから不思議なことばっかり……」
途中の小説を一度読み返そうとスリープモードにしていたPCを開くが、書いた覚えのない筋書きに変わっていた。
だが、自分が夢の中で経験した通りになっている。
「誰かに書き換えられてる?」
書き換えられるのなんて、この家にいる黝さんぐらいだろう。
しかし、黝さんには一部しか夢の話はしていない。
仮に話していたとして、わざわざ夢の内容に書き換えるなんて、面倒なことをするだろうか。
プロットを確認すると、やはり夢の中の内容に変わっていた。もちろんまだ書けていない部分は私の作ったストーリーのままなのだが。
そのせいで辻褄が合わなくなっている箇所がでてきてしまっている。
……いや、今はそんなところを気にしている場合ではないのだが。
元に戻そうと別に保存していたプロットや小説本文をコピーして、書き換わってしまっている部分を上書きするようにペーストする。
だが、文字は変わらず。何度もコピー&ペーストを試みるが上書きができない。
仕方なくメインで書いていたプロットと小説本文をログとして別フォルダに保存しておこうと移動。
だが、フォルダは移動できずPCが動かなくなってしまった。
「こんなこと一度もなかったのに……なんで?」
ワイヤレスマウスのバッテリー切れを疑ったが、つい最近電池は変えたばかりだ。
マウス自体が壊れてしまったのかと、PCに付いているタッチパッドを触ってみるがこちらも反応しない。
「PC本体が壊れた?」
プロットなどのコピーは、あらかじめUSBにこまめに保存もしているため心配はないが、愛用していたものが壊れたとなると気持ちもすり減ってしまう。
強制終了を試みるが動かず、私は大きくため息を吐いた。
「今日書く予定だった分は紙に書き出しておこうかな」
少ししたら動くかもしれないと淡い期待を抱きながら、ノートとペンを机に置く。
しかし、今は書く気が起きずベッドへと移動し力無く倒れ込む。
黝さんのことといい、小説のことといい、なんだか疲れてしまった。
小説なんて今日は少しも書けていないのに。
スマートフォンを手に取りSNSを開く。兄が何か投稿しているかと確認してみたが、特に何も無く。海外に行く数ヶ月前からすでに更新は途絶えていた。
元々頻繁に投稿するタイプではないが、月に1度くらいは新作の進捗の話やショートをあげていたりしてファンの関心を引いていた。
そんな兄が、告知しないまま何ヶ月も何も投稿していないことに疑問を持った。
「海外の暮らしはどうですか……と」
ショートメッセージを兄に送ってみたが、エラーのマークがすぐにつく。
海外のため受け取れないのだろうか。
だが、携帯が使えない環境に身を置いている可能性もあるかもしれない。
そう考えると、気にするほどではないのだろうと思う。
心配しすぎだと兄に言われてしまいそうだが、この家の不思議な体験のこともあり少し不安だ。
「黝さんは……知らないって言いそうだし、調べる余裕もないよなぁ」
書く気力がなくても、締め切りは守らないといけない。
そんなことを思いながらも睡魔に負け、暗闇へと堕ちた。




