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見慣れた天井を目にして、現実世界に戻ってきたことを把握。
毎回夢で小説の世界に入り込んでしまっているのだろうか。
進行度から推測すると、私が書いた内容のところまでが反映されているように思う。
まぁ、書き換えた通りに話が進むわけではないのだが……。それでも、それ以上物語が進行するわけではないので、間違ってはいないだろう。
……ずっとベッドで考察していても仕方ない。
大きく伸びをしてベッドから抜けだした。
机に置いておいた服へと着替え、洗面所で洗顔、ヘアセットなどを済ませてリビングへと向かう。
「黝さん。おはようございます」
目玉焼きをお皿に乗せ、仕上げに取り掛かっている最中の黝さんにあいさつをする。黝さんはこちらを見て優しい声色で言う。
「おはよう。……顔色が悪いけど、体調でも悪い?」
「後頭部が痛くて」
小説と同じ部位が痛く、痛みの程度も同じ。寝ている間にどこかにぶつけたという話で納得すれば良いのだろうが、そんなタイミングよく頭を打つだろうか。
そう思った私は黝さんに夢の話をし、夢と同様の部位、痛みであることを話した。
「まさか、小説と夢がリンクしていると思ってる? 流石に考えすぎじゃないかな」
「……やっぱり、黝さんもそう思いますよね」
偶然の一致。そう思うのが一番なのだろう。黝さんも流石にありえないと一蹴。
どこかで私の話を聞いてくれると思っていたため、ひどく落胆してしまう。
黝さんが悪いわけではないのに。
食事を終え部屋へと籠る。
この程度の痛みなら執筆はできる。風邪を引いても体に怪我を負っても書いてきた。少し否定されたくらいでめげるほどメンタルが弱いつもりもない。
「いつも独りだったから、大丈夫」
そんなことを言う時点で、いくらかダメージを受けていることに苦笑してしまう。
「……書くことに集中しよう」
◇
書いては消しを繰り返し、気づけば日が暮れていた。
昼を食べ損ねたなと伸びをしていると、視界にトレイが写る。
それは今日の昼用に作っていたのだろうオムライス。ケチャップで『頑張って』とだけ書いてあった。慣れないことをしたのだろう。お世辞にも上手いとは言えない震えた字で、思わず和んだ。
すでに冷え切ってしまっているだろうと残念に思いながらコンソメスープが入っているカップに手を伸ばすと、ほんのり温かい。
どうやらフードウォーマープレートを使っているようだ。
以前、黝さんが「良いもの買ってきた」と嬉々として見せびらかしてきたのを思い出す。
まさかこんなにも早く私のために使うことになるとは。
少し休憩しようと、準備してもらった食事に手をつける。
1人の時は、朝や昼を抜くことが多かった私。だが、一口食べた瞬間、スプーンを持つ手が止まらず一瞬で食べ切ってしまったことに、自分で驚いてしまった。
食器を片付けようとキッチンへ向かい、そこで黝さんと対面する。
「やっと気づいたんだね。食べてもらえてよかったよ」
「……すみません。一度スイッチ入っちゃうと周りが見えなくなっちゃって」
「いいよいいよ。夕飯は――流石にいらないよね。甘いものでも食べる?」
冷蔵庫から出てきたのは瓶に詰められたプリンだった。
市販のものかと思えば、ラベルはついていない。
「それ、黝さんが作ったんですか?」
「そうだよ。ただ、プリン作ったのは初めてだから不味かったらごめんね」
そう笑いながらプリンの入った瓶とスプーンをテーブルに置いた後、こちら側のイスを引き手招きをする。
「……ありがとう、ございます」
誘導されるがままイスに座り、目の前のプリンを手に取る。
スプーンで掬ってみると、少し固めなのか揺れはなかった。口に含めばゆっくりと溶けるそのプリンは、素人が作ったとは思えないほどに美味しかった。
「どう?」
「美味しいです。本当に初めてなんですか?」
「初めてだよ。ま、簡単で失敗しないをウリにしたレシピを選んだからかもね」
少し得意げな顔の黝さんは、「そうだ」と一度キッチンの方へ消えたかと思えば、ココアスティックを私に見せた。
暖かそうな部屋で温かいココアを飲んでいる、男の子と女の子のイラスト。可愛らしいデザインから甘そうだと連想したが、「甘さ控えめ」の文字。
「パケ買いしたものなんだけど、飲む?」
「せっかくなのでいただきます」
ちょうど甘さを抑えたものが飲みたいと思っていたこともあり、私は迷わずいただくことにした。
お湯を注いでかき混ぜて。それだけの工程で美味しいココアが飲めることに感謝しながら、小説でも時々ブレイクタイムを入れたいなと考える。
あまりにも長めにとってしまえば、飽きられてしまうだろうから、よく考えて入れないと……。
そんなことを考えていると、視線を感じて黝さんの方へ向くと目が合う。
「少しはスッキリした?」
「はい。おかげさまで。また明日頑張ります」
黝さんは私の言葉を聞き安堵した。ずっと心配させてしまい申し訳ない。
黝さんが空になった瓶とカップを手に、「それじゃ、明日また頑張ってね」と微笑みながらキッチンへと向かった。
寝支度を済ませ、早々に寝てしまおうと、黝さんがいないリビングで「おやすみなさい」と一言呟いて、部屋を後にした。




