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プロローグ

親愛なる妹へ

 俺は小説執筆のために少し海外で過ごそうと思っている。

 俺が家を買ってそこに住んでいるのは知ってるよな?

 俺が帰るまでその家に住んでおいてほしいんだ。


 よく言うだろう? 人が住んでいない家は劣化するって。

 お前も一人暮らしがしたいと言っていたし、少しの期間にはなるが、大きな家で一人暮らしができるんだ。悪い話じゃないだろ。


 電気代とか諸々は気にするな。なんてったって俺は売れっ子作家だからな。全部俺が負担する。お前は俺が帰ってくるまでに小説の一つや二つ完成させておけよ。

お前の兄より



 ◇◆◇



 兄は私に雑な手紙をよこして海外へと行ってしまった。

 私は単純な人間のため、そんな雑な手紙で兄の家へ住むことにしたのだった。


 兄の家は街から少し離れた場所にある。森の奥、山の奥とまでは行かないため、そこまで疎外感はない。しかし、徒歩では街まで時間がかかる。車で食料調達をするのが常になりそうだ。


 家に辿り着き、兄から借りた鍵を使って扉を開ける。埃っぽい臭いに思わず顔をしかめた。

 

 まだ数日しか経っていないだろうに、すでに埃がかなり溜まっている。兄のことだ。きっとロクに掃除をしていなかったのだろう。

 まず掃除だな……。と家から持ってきた荷物を隅に、掃除用具を探すことにした。



 ——兄の部屋を掃除していると、本が一冊棚から落ちてきた。

 掃除はしないくせに、しっかりと整理されている本棚。それなのに本が突然落ちてくる謎。

 疑問に思いながら本を拾い上げると、それは兄が最初に書き上げた小説だった。


 兄が突然「俺は小説家になる」とどこかで聞き覚えのあるフレーズを吐いた後、すぐに会社を辞めた。

 そして、小説執筆用に安いノートパソコンを新調し、部屋に閉じこもって書いたもの。


 何ヶ月で小説を完成させたのか覚えていないが、兄は出来上がった小説をコンテストに出し賞を獲得。

 その小説は「異質」と評された。店頭に並べばすぐに売り切れてしまうほどの人気作となったが、誰一人として読了後の感想を深く語ることはなかった。


 そんなことはないだろうとレビュー等を確認しても、感想は驚くほど出てこない。

 評価十点中であれば九点以上をキープするくせに、熱量のある感想は一つも出てこない。

 審査員さえも「言葉で言い表せないのがもどかしい」と言うほどであったため、どうしようもないことなのかもしれないが……。


 その不気味さ故に、私は当時その本を読んだことはなかった。

 そんな本が何故今落ちてきたのか。不思議ではあったが、なんとなく、今なら読める気がする。そう思い、その本を兄の部屋から持ち出した。


 リビングにある大きなソファへ腰掛けてページを開く。


 少年が突然旅に出ると言った。あまりにも唐突な発言に、家族は動揺し引き止める。理由を聞いてみても明確な理由を説明しないまま、家を出て行ってしまう。


 この時点で、兄のように唐突な人間だな。という感想が出てきてしまう。


 まだ兄が実家暮らしの頃、「少し外の空気を吸ってくる」と出て行ったかと思えば、数日帰って来ず一家で大騒ぎ。警察に連絡しようかと相談していたところ、兄が「ただいま」と何食わぬ顔で帰ってきた。


 父と母は兄の姿を見て安心したが、すぐに険しい顔をして、数日帰ってこなかった理由を求めた。しかし、こちらが納得するような応えはなかったのだった。


 ……さて、話を小説に戻そう。


 少年の言動に疑問は残るが、私はそのまま読み進めていく。

 

 少年が足を運ぶ場所は、どこも不幸という言葉が似合う。そして、住んでいる人たちはすでに幸せになることを諦めていた。


 きっと少年がその地に幸せをもたらし、次の場所に移るのだろうと私は予想した。

 だが、予想は外れた。


 その地の不幸な出来事を綴っただけで、解決まで導けないまま次の場所へ。

 少年が懸命に解決しようとする様子も窺えるが、そこまでだったのだ。


 これは面白いのか。これから面白くなっていくのか。

 最後まで読めば、すべて解決できる何かが待っているのか。

 

 不安と期待で鼓動が早くなる。


 ◇


「せめて最後くらい、幸せにしてくれても良かったのに」


 読了してすぐの感想が思わず口から溢れる。最初から最後まであまりにも不幸だ。

 懸命に世界を救おうとした少年は、魔王によって殺される。


 仲間と呼べる人はおらず、その場その場で出会う縁のみ。ずっと一緒にいてくれる人がいなかった。

 だから、誰にも看取られず少年の死体は一人虚しく土に還るだけ。


 そして話は数年後に飛び、世界救済を志した少女へと視点が変わった。

 少年が解決できなかったものを解決し、難なく魔王を倒して終わる。


 少女は「こんなにもスムーズに事が運べたのは、少年が頑張ってくれたおかげだ」と主張してくれた。

 しかし、中途半端にしか助けてもらえていない人たちにとっては、ありがたみが伝わらなかった。

 そのため皆、少女にのみ感謝を述べた。


 そして、少女のためにお祝いのパーティーを何度も開き、人々は過剰なほど富や名声を与えた。

 少女はその感謝が重く、人々の前から逃げるように姿を消す。

 

 それでも少女の人気は留まらず、本が出版され、尾ひれが付いた。すべて少女が解決してくれたこととして伝わった。

 

 もう少年のことなど、誰も覚えていない。


 耐えられなくなった少女は「この世界は狂ってる」と自ら命を絶ち、物語の幕を閉じる。


 自分の兄がこのような小説を書き、それが世間に評価されている事に今更ながら驚いた。


「私だったらどうするかな」


  私はソファに寝転がりながら考えを巡らせた。


「どこかで二人を出会わせて一緒に問題解決。魔王も一緒に倒してそのままハッピーエンド……とか。いや、でもそれだとまた担当さんにつまらないって言われそう」


 まず兄の作品の改変じゃなくてオリジナルで勝負しろという話にはなるのだが……。なぜか色々と想像するのが楽しくなってしまった。


 構成を練っているうちに、眠気が襲ってきた。

 私は抗わず、ソファで意識を手放した。

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