運の良さと仲間。
森の中は木々が生い茂り、ジャングルとまではいかなくとも、それに近い感じで、毒々しい花や虫がやたらと目についた……それに、リスや小型の鹿の様な小動物達を多く目にしたが、どれも現世のモノとは違っていた。
当然と言えば当然か……ここは別宇宙の地球だけど『神』様がエーテルを使って少しいじってあるらしいから、進化の法則も違うんだろう。
因みに『エーテル』とは現世や異世界関係なく全次元全宇宙に存在するらしい……
オカルト好きならお馴染みのエーテル、五大元素の一つとか、光の素とか言われるあのエーテルである。
その不思議物質エーテルは、天体活動が発生源のエネルギーらしく、宇宙膨張のエネルギーであり、さらに星の誕生消滅などの現象や様々な天体活動からも発生するモノの様だ。
その為、賢者様曰く
「天体自体と宇宙空間には密度に差はあるけどエーテルが存在する」
「それは、自分達の住んでいる地球やその宇宙空間にもと言う事ですか?」
「そう。人間を含めた現世の生物の中にも僅かだけど取り込まれている」
そう、賢者様は言っていた。
そして、その未知のエネルギーであるエーテルを使い、人工的に作られたモノがこの世界には多数存在するらしい。
だからなのか、道端で見つけた動植物の種類の多さは異常なほどだった。よく似ていても形や色が微妙に違い、それらが同種なのか亜種なのかも分からなかった。
「まぁ、自分の様な生物好きにはたまらない環境だけど」
そんな独り言を言いながら自分が進む道の先に目を向ける。
そこには地面に枕が見える。
この道には所々に同じような枕木が埋めてあったり、切株があったりと何者かが作ったらしい証拠が至る所にあり、中には新しい目の物もあって少し安心できた。
それとこの道は森の中を貫いているのではなく、基本的には元いた湖から流れる小川に沿って作られていて、開けた場所も多くあり意外に歩きやすくなっていて助かった。
「まぁ、これを造ったのが山賊や人と敵対している種族とかじゃなければ良いんだけどな……」
人工物のある道を進む安心感とその先に何があるか分からない不安感。
そんな変な緊張を感じながら道を進むけど……
「悪い気はしないな、これも」
多分まだ異世界に来た興奮が冷めてないのだろう。
怖さよりも期待の方が強い……これが何処まで続くかが問題か……世の中甘くないからなぁ。
それでも
「これで人に会えたらラッキーなんだけどな。まぁ主要街道って感じではなさそうだから、あまり期待しない方がいいとは思うけど……でも、そうなると問題は集落に辿り着くのにどのくらい掛かるかだよな。でもこればかりは知り様がないから考えるだけ無駄か。それに場合によっては夜営の事も考えておかないと、こんな森の中の夜道なんて歩く自信ないし……」
そう色々考えると……と言うか、やっぱり自分が思っている以上に不安なんだろう。つい考えた事を口に出してしまっている事に気が付いた。
「……まぁ、流石に何も分からないこんな所で独りは寂しいよな……いかん! いかん! 弱気になったらお終いだ!」
そう思い自分の頬を両手で叩いて気合を入れ直す。
それに今は意外に楽だとけど、山場を迎えるなら疲れが出始めるこれからだよなと思い、本番はこれからなんだと自分に言い聞かせて足を進めた。
それからどのくらい歩き続けただろうか……途中で立派な角を持った鹿と睨みあい、川では自分よりも大きなハサミを持ったカニを発見して逃げてみたりと、いろいろ目新しい体験をしつつ随分歩いたと思う。
そして陽もだいぶ傾いてきた。
そこで暗くなる前に夜営の準備を始めるべく、適当な場所を見つける事にした。
そこは道沿いの開けた河原で大きな岩が森からの視線を遮ってくれるので、森からの襲撃はされずらいかもしれない、という希望的観測で決定した場所だった。
野宿なんて初めてだから適当である。それでもサバイバル術の知識は貰っているので取り敢えずは焚き火の準備をする事にした。
「流木や小枝がそれなりに落ちていて楽だし、岩陰が屋根代わりになる。そして火を焚いておけば野生の動物はわざわざ近づいて来ないだろう……」
そう、得体の知れないモノにわざわざ近づいて来るのは勝てる自信のある捕食者である! 敵である!
「何が居るか分からない土地で野宿なんて、不安しかないけど……」
そんな事を口にした瞬間であった。
近くの森の中からガザッと、大きな音が聞こえた! 自分は咄嗟に持っていた流木を放り出してそちらに体を向け、腰に差した刀に手をかけて身構えた……
そして、森をジッと見つめるが、特に何も見えない……けど、今までの小動物とは違う何かがいる気がする……鼓動は心臓が破裂するかと思うくらい速く、手も顔も汗でびっしょりである……この緊張感に既に心は折れかかっていた……
「なにこれ! 心臓痛いんだけど! マジ無理無理!」
と心の中で叫びながらも、ゆっくりと刀を抜いて構える……と同時に、森の中から大きなモノが飛び出してきた!
いきなり捕食者登場か⁉ と同時に心臓が飛び出しそうになった。
それは大きく両手を挙げて咆哮を放った!
「ちょっと待って! 脅かすつもりはなかったんだよ」
と、何て雄叫びだ!
ちょっと待てとは……ちょっと待て? あれっ?……完全にパニックで我を忘れていたのか……今更、それが雄叫びでなく人語で……しかも目の前にいるのは人だと気づいた……
「えっ、誰⁉」
何とも間抜けな質問だったが、この時はこれが精いっぱいだった。
「あっ、僕はアルティと言います。怪しい者ではなく人を探しているんですが……剣を下してもらえると嬉しいな~なんて」
アルティと名乗った少年はそう言って笑いかけてきた。
その笑顔を見て、急に恥ずかしくなり構えていた刀を下した……こんな子供にビビッていたのかと思い情けなくもあった……あぁ、逃げたい気分だ。
「ありがとうございます。で、お兄さんに一つ聞きたいんだけど……お兄さんは渡界者ですか?」
ん? お兄さん? ……そう言えば今は見た目十七歳の少年なんだっけ。そうするとこの少年とはそんなに離れてないのか……何歳くらいだろう、年下だよな……
「あの~お兄さん? そんなに見つめて、僕の顔に何か付いてるかな?」
アルティはそう言いながら少し顔を赤らめた。
「あっ、ごめん。えっと何だっけ?」
「えっとね、お兄さんが『渡界者』なのかどうかなんだけど」
渡界者?……そう言えば、賢者様の異世界解説の中に出てきてたかな。確かこの世界に迷い込んだ現世の人間の事だったか?
「そうだな……一応渡界者になるのかな……まぁ、迷い込んだんじゃなく、賢者様に連れてきてもらったんだけど」
「やっぱり、お兄さんがそうだったんだ。良かった、て言うか本当だったんだ」
「本当だった? 君がもしかして賢者様が言っていた協力者?」
ここに飛ばされる前に賢者様が言っていた事を思い出した。
「向こうの世界では近くに協力者がいるはず。その者を頼るのが良い」
と無表情のまま語っていたなぁ……
「うん~とね……女神様の神託を受けたのは村の司祭様で、その孫のお姉ちゃんが迎えに来てて、僕はその付き添いかな。で、その神託って言うのが本当かどうか僕たちは疑っていたんだよね。でも本当にお兄さんがいて、ちょっと感動してるんだ」
そう言って屈託のない笑顔を向けてくる……可愛いじゃないか、と思いながら安心して刀を鞘に納めた。どうやら、わざわざ協力者が迎えをよこしてくれた様だ。
「はぁ~、人で良かったぁ~。最初の難関クリアかな」
本当は歓喜の雄叫びでも上げたい所だが、人前で恥ずかしいので小声でつぶやく程度に我慢した。
「なんか言った?」
「いや、気にしないで。それより、その迎えに来てくれているというお姉ちゃんはどこにいるのかな?」
「もうすぐ来ると思うよ。僕は人の気配がしたから先行して様子を見に来たんだ……」
気配を感じてね……耳を澄ましても他に人の声も足音も聞こえないし……そんな遠くから気配を感じ偵察とは、見た目から察するに狩人ってとこか……なんかカッコいいな。
「ところで、お兄さんの名前は? それと……年上だよね? 僕は十五歳なんだけど、お兄さんは何歳なんですか?」
と質問しながら歩み寄ってきて、グッと顔を近づけてくる……
そこで気付いた。アルティと言う少年が美少年である事。そして賢者様に何となく似ている事に……髪型は近いが色はブラウン、瞳の色もグリーンでなによりこんな笑顔なんてなかったけど、あの賢者様が笑えばこんな感じかな……と考えて顔が熱くなるのを感じて、慌てて半歩下がる。
「あっ、えっと、そう言えば名前がまだだったか……結城連也、今は十七歳かな……」
「ユウキ・レンヤか……変わった名前だね、それに、なんか雰囲気的にもっと離れてるのかと思ったけど、そんなに歳も離れてないんだ」
そう言ってアルティは手を差し出してきた
「よろしくね、レン兄」
……君の直感は正しいよ、と感心する。
「あぁ、こちらこそよろしく。アルティ」
アルティと握手を交わしながら思った。これはラッキーだったかな……モンスターの襲撃もなく、協力者とも会えて、しかも最初に会えた子は性格も良さげだし、幸先のいいスタートを切れたんじゃないかな。
そうして、お互い親交を深めたところで、お姉ちゃんとやらが追いついてきたらしい。
「二人とも~。こっちだよ~」
そう言ってアルティは二人を呼び寄せた。
「いつもの事だけど、アルは先走り過ぎ! はぁはぁ……」
「ふう~。そうよ、幾ら慣れた場所だからって危険がない訳じゃないんだから」
「え~。レミィ姉には言われたくないな~」
「それはどう言う意味よ!」
「ねぇ。それより……」
そう言って少年が二人の会話に割って入った。
「そうそう。紹介しないと! 二人とも、この人が渡界者の結城連夜さんだよ」
「「おおぁ~。本当だったんだ」」
と二人が同じ反応をする。
どうやら、アルティの話と二人の反応から推測するに、この世界でも女神様の神託とやらは珍しいモノらしい……神や女神と言った存在は神秘の存在と言った所なのかもしれない。
「私は神官のレミィと言います。神託を受けた祖母に代わりお迎えに参りました」
「あ、ありがとうございます……」
随分と丁寧な物言いに少し物怖じしてしまう。
仕事でもプライベートでもあまり他人と関わる事なかったもんな……それに儀礼的な事になると皆無だし……
「俺はカルノス。魔法と歴史の勉強をしてるんだけど……渡界者って変わった知識を持ってるんでしょ⁉ 鉄の馬車ってどんなの⁉」
「ちょっ、ズルいわよ、カル⁉ 私は女神様の事が聴きたいの! 女神様に遣わされたって事は、本物の女神様にお会いになったんですか⁉」
と、自己紹介をした後、興味深々に色々質問してくるレミィとカルノスだったけどそれをアルティが制止した。
「二人とも、色々聞きたい事があるのは分かるけど、もうすぐ暗くなるから夜営の準備が先だよ」
「そうね」
「分かったよ」
そうして、四人で協力し夜営の準備を進めた……
その後、自分が持っていた食料も提供してみんなで夕食を取りながら、それぞれの質問に答える形で今までの経緯を話した。