女神様の啓示。
朝日が差し込む台所で、少女が鍋からクリームシチューを器によそい、パンを取り分け朝食の準備をテキパキとこなしていく。
「そろそろおばあちゃんを呼びに行かないと、また祭壇前で寝てるかもしれないし」
そう思い扉に向かうとした時、その扉の向こうからどたどたと走る足音と共に
「神託じゃ! 神託が下ったぞぉ~! レミィや~神託じゃ~!」
と叫びながら目を血走らせたおばあちゃんが扉を勢いよく開け駆け込んできた。
「おばあちゃん、あまり興奮するとお迎えが来ますよ」
「縁起でもないことを言うんじゃないよ! それより神託が下ったんじゃよ!」
「……またお祈りの最中に寝ちゃったんですか? 暖かくなってきたけど朝の礼拝堂はまだ冷えるから風を引きますよ。さぁ朝ご飯にしましょう」
「寝とりゃせんわ! 孫娘なら少しは祖母の話を信じたらどうだい!」
「はいはい、分かりましたよ。取り敢えず席に座ってください」
レミィは興奮冷めやらぬといった感のある祖母の肩を掴み、強引にテーブルの席に着かせ、そして自分も席に着き祈りの言葉をつぶやき、パンに手を伸ばした。
「それで、神託って何なんですか? 今まで一度もそんな事なかったじゃないですか……はっ! もしかして、とうとうボケ始めてきたんじゃ……」
「なんてこと言うんだい! この孫はっ! まだそこまで耄碌してやしないよ! いつもの様に朝のお祈りをしていたら、泉が急に輝き出してそこに川と湖の女神様がお現れになり、こうお告げになられたのじゃ『森の奥にある泉の遺跡に、渡界者が現れました。その者はこの世界にとって大切な客人です。どうか手を貸してあげて下さい』と。そしてその者は、冒険者風ではあるが右も左も分からぬ初心者らしくてなぁ、迎えを遣ってくれとお願いされたのじゃ。という事で、レミィや、ちょっと行って来ておくれ」
「ちょっと待って⁉ 泉の遺跡って、北の森の奥にある『白き柱の塔』の事でしょ? あそこまで片道二日は掛かるんですけど……それに『渡界者』なんて本当にいるの?」
「渡界者とは、いずこかの場所より神に呼ばれて来た者と言われておる。この世界に色々なモノをもたらしたと、神学校で習ったじゃろに。それに、その子孫が各地に残っておるのも事実じゃ。その辺は今度ゲンデルにでも聞くとええじゃろ。それに、そろそろ薬草と蜜豆を取りに森に行く時期じゃろ? そのついでにアルティと一緒に行って来ておくれ」
「はぁ~……分かりましたよ。行って連れて来ればいいんですよね……もう、今日はパンを焼こうかと思っていたのに……」
レミィは文句を言いながらも早々に朝食を済ませて、アルティの家に向かう事にした。
「おはようございます。アルティ、起きてる?」
レミィが革道具屋のドアを開けながら声をかけると、革製品が並ぶカウンターの奥から
「はーい、起きてるよ。こんな朝早くから僕に何の用かな?レミィ姉」
とパンを齧りながらアルティが顔を出した。
レミィは店の隅に置いてあった椅子を引っ張り出してきて座り、カウンターに両腕を投げ出して、『はぁ~』とため息交じりにここに来た経緯を説明した。
その話を紅茶の入ったカップ片手にパンを食べながらカウンターの向かいで聞いていたアルティが
「ははっ、また変わった事を言い出したんだね。でも村のみんなも、最近のラーダ司祭は物忘れが激しくなったとか、耳が遠くなったとかは言ってたけど……ボケ始めたとは聞いたことないよ……」
アルティは苦笑しながら答えた。
「私もまだおばあちゃんがボケ始めたとは思ってないけど……でも神託とか女神様が現れたとか……今までそんな事一度もなかったからね……」
「ふ~ん、それでもレミィ姉は遺跡に行く事にしたんだ」
「まぁね……半信半疑だけどね。おばあちゃんはアレでも昔は最高司祭の一人だったから。それに森には近々入る予定だったんだし……と言う事で、アルティ、今から森に採取に行くわよ」
「はぁ~やっぱりそうなるんだ。強引だね、レミィ姉は。今日は森に鹿狩りに行く予定だったのに……」
そう言って天を仰ぐ様なしぐさをしたが
「まぁいいか、分かったよ。すぐ準備するからちょっと待ってて」
そう言ってアルティは、手に持った残りのパンを口に入れ、それを紅茶で流し込みながら慌ただしく店の奥へと戻っていった。
それから一時間後、レミィとアルティは森の小道を進んでいた。
「白き柱の塔まではこの道を進めば明日の昼前には着くね」
背中に弓と矢筒を背負い、腰に短剣を差しハーフパンツに革のジャケット、それに羽根付き帽子をかぶったアルティが、先頭を歩きながら言う。
「そうね、年に一度は塔での祭事もあるし、貴重な植物も多いお陰で人の往来があって道が保たれているのは楽ね。これが道もない他の遺跡だったらハイキング気分とは行かないものね」
そう言いながら、青い神官服にリュックを背負い、長めのメイスを杖代わりにしながら、アルティの少し後ろをレミィが付いて歩いている。
そんな二人に少し遅れて、緑のハーフマントに魔法使いのとんがり帽子姿の少年が大きなリュックを背負い、ブツブツと文句を言いながら歩いてくる。
「なんで俺がこんな事に付き合わなくっちゃいけないんだよ、まったく……大体、今日は鹿を狩りに行くんじゃなかったのかよ⁉ それに……どうして俺の荷物が一番大きいんだ!」
「もう、うるさいな~。男がぐちぐち言うのはカッコ悪いよ」
「そうよ、カルノスは男の子なんだから一番大きな荷物を持つのは当然でしょ?」
「いやいや、俺、魔法使いだよ⁉ この中じゃ一番非力だし! アルティやレミィ姉の方があきらかに力持ちじゃん!」
「確かにカルは魔法使いだけど、いつも僕と一緒に森を駆け巡って狩りしてるよね? その程度の荷物なんて余裕だよね?」
「それはそうだけど……て、そうじゃなくて、なんで二人の分の荷物も俺に持たせるのかって事! そもそも、なんで俺が付き合わされているのかって事だよ!」
「いいじゃん、どうせ一緒に狩りに行く予定だったんだし。それが採取とお迎えになっただけだよ。因みに僕は先頭でモンスターを警戒しないといけないからね。だから荷物は二人に預けたんだよ」
「私は、お姉ちゃんだから、うふっ」
「うふっ、じゃないよ! 訳分かんない……横暴だ!」
カルノスはそう言うと、はぁ~と溜息をついてうな垂れた。
「お姉ちゃんにそんな口の利き方なんて、反抗期かしら……」
「違う! 正当な抗議だ!」
「そうは言っても、カルノスも渡界者には会ってみたいでしょ? ゲンデルさんの弟子なんだから興味はあるんじゃないのかな~」
そう言われたカルノスは、少しバツが悪そうにそっぽを向きながら、小声で何やら言い訳をいっていたが
「あははっ、カルもいい加減諦めなよ。それに……そろそろお喋りを止めないと六牙猪や大爪熊なんかが寄ってくるよ」
その言葉を聞いて、二人はお喋りを止めた。
そして、この森は決して人にやさしい訳ではない事を思い出したのか、少し緊張した面持ちで足を速めたのだった。