時の賢者と異世界。
「結城連也さま、私達の世界を救ってはいただけませんか?」
「……?」
そう夢の中で、いきなりファンタスティックな格好をした女の子に問いかけられたのが始まりだった。
当然これは夢だと理解した。妙に意識や感覚がはっきりしていたがたまにある事で半覚醒状態なんだと思っていた。
それも仕方がない。
目の前の無表情というか、ボーっとした感じと言うべきか……その女の子は中学生くらいの少女で、魔法使い風のローブを纏い、紫のミディアムヘアーに紫の瞳。
歯車が組み合わされた機械仕掛けの髪飾り。
左手には江戸時代の置時計の様なものを持ち、右手に持つ杖の先には懐中時計らしきものがはまっていて、しかもそれらの周りを小さな光る物体が飛び回っている……まるで時間を操る魔法使いの様な格好をしていたのだ。
これは、夢にしても……ファンタジーだ。何の影響なんだろうか? これは……せめてどう言う設定かは知りたいけど。
そう思いながらも夢の進行に付き合う事にしたのだが……
「設定?……」
「……」
「…………」
あれ? 変な事言った? と言うか、さっきの声に出てたかな……?
自分の感想に対して何かを考えていたのか、しばしの沈黙ののち少女から出た言葉は
「私は『魔力の女神』の眷属『時の賢者』、召喚場所の国は分からない。だから出来るだけ異世界で即死しない様にサポートは万全」
であった……変な事を言い出したのは少女の方だった。
「ちょっと待て⁉ 時の賢者? 場所不明? 異世界? それに今、即死って言った?」
「……間違い。すぐに死なない様にサポートは万全」
「言い直したけど同じだよなそれ⁉ 何その命懸けのクエスト⁉ いくら夢だからってそんなハード体験は希望してないんだけど。しかも『異世界』て⁉ 更にその知らない世界のどこに飛ばされるかも分からないって事なのか⁉ それに『時の賢者』て、それが名前⁉ 色々突っ込みどころ満載の設定だな⁉」
あまりの突拍子もない少女の発言に、つい大人気なく声を荒げてしまったのだが、少女は今までと変わらず淡々と
「人間の言うところの『名前』と言うものはない。向こうでは単に『賢者様』と呼ばれることもある」
と後半の質問にだけ答えてくれた。
まぁ、夢なんかに文句を言っても仕方ないんだけどな……
「はぁ~、これは本当に自分の夢なのか? 何故こんな凝った設定なんだ?」
とため息交じりにうつむき考え込んでしまう。
何故こんな夢を見ているんだ? ……これは無理にでも起きて夢を終わらせ、寝なおした方が良いんじゃないのか?
などと考え始めていると
「一つ訂正しておく。先ほどからあなたはここが夢の中だと思っている様だけど、それは間違い。ここは現世こと現宇宙と異世界こと別宇宙の狭間の空間。そして今現在、あなたにとっての現実世界」
と時の賢者様が、アニメキャラが言いそうな更におかしな事を言ってくる。
自分は顔を上げて時の賢者様を見つめるが、やっぱり微動すらしない表情からは何も読み取れなかった。
少しぐらい笑顔を見せてくれてもいいのにと心の奥でつぶやくが、今はそんな事はどうでもいい!
これが現実? このゲームや漫画に出てきそうな今の状況が?
この時は本当に焦った。あまりにもおかしな状況に夢から覚めようと色々試したが結局……
徐々に、思考が麻痺しだしているのか、その混乱する自分をもう一人の自分が傍らで傍観している様な変な感覚に襲われて来た……そして、だんだんと意識が遠のき始めた。
あぁやっぱり夢だったんだ……このまま深い眠りに落ちていくんだと安心していると
「理解できた?」
「ッ⁉」
その声に、意識を一気に引き戻された。
虚ろな視線を賢者様に戻しつつ、自分が額に背中、手に……大量の汗をかいているのが分かった。
どうやらあまりの事にあっちの世界に逝きかけていた様だ……
……あまりにも現実味が無さすぎる。そう思い、再び思考を巡らせるが
強力な暗示は肉体に影響するらしい事を考えれば、夢に感覚を支配されているような状態ならこのリアルな感覚も夢でないとは言い切れないはずだし……
とは思っているのだが、でもやっぱり夢でこんな、変にリアルな感覚を体験出来るのだろうか……
それに、そもそも異世界とは?
そんなモノが本当に存在し得るのか? ……逆に存在しないと言い切れるのか? 平行世界を異世界と言うならそれは存在してもおかしくない様に思える。と言うか、自分は平行世界や別宇宙は存在していると思っている……この世界が唯一無二であるはずがない。
「その点では、異世界=別宇宙だと言っていたな……」
観測手段がないだけで宇宙の概念も時間も本当はとんでもない状態で存在しているのでは……いや、それこそが普通の状態なんじゃないか……
そんな変な事を考えていた時期もあったが……もしかしたら、それが夢に反映されているのかもしれない……
などと暫くは色々考えてみたが、答えが出るわけでもなく……
取り敢えず、もう少し様子を見る為にこの状況を無理矢理に納得する事にしたのだ。
話しを進めない事には状況は打開されないし、相手の意見を聞くのは重要な事だと思っている……それを聞き入れるかは別にして。
そこで重要な事を賢者様に尋ねた。
「これが夢じゃないという事をいったん信じるとして、そうなると今は自分自身はその狭間の世界に肉体ごと飛ばされているという事なのか?」
「いいえ、肉体は現世にある。ここには魂エネルギーだけが存在する」
魂エネルギー? どういう事だ?
「それは精神体だけが分離しているという事か?」
「その考えで間違いない」
「……それはあっちの肉体には影響はないのか?」
「影響はない。何故なら肉体は既に活動を停止しているから」
「えッ⁉ 今なって言った⁉」
「影響はないと」
「いや! その後! 肉体は活動を停止しているって……」
「その通り」
「……それってつまり……死んでいるって事か?」
「その通り」
「……」
何を言っているんだこいつは? 自分が死んでいる?
……記憶を探っても事故った記憶はないし、事件に巻き込まれた記憶もない……それが、死んだ?
……それって……もしかして、こいつに殺されたって事じゃ……
「誤解しないで頂きたい。あなたは就寝中に脳梗塞で死んだのです」
「……」
「……」
「えッ? 寝てる間に死んだのか?」
「そうです。我々はこの世界にそう簡単に干渉できません。なので生きた生命体を私達の世界に連れて行く事は出来ません。よって共鳴できる魂に働きかけていたのですが、あなたが生前に共鳴していたのは既に脳梗塞の兆しがあり死期が近かったからでしょう」
「……あのへんな夢が、体は警告していたって事か……」
「……」
時の賢者と名乗った人物は何も答えなかった。
そうか、死んだのか……最近残業で無茶してたし、食生活もラーメン、ピザにコンビニ弁当と悪かったもんな……そう考えると納得かな。
まぁ、寝てる間に苦しまずに逝けたのならラッキーだった言う事か……
そうなると選択肢は無いか……気持ちを切り替えるしかない!
「えっと……現状は理解した」
「そうですか」
「それで改めて聞きたいんだが、その異世界って言うのは、何らかのオーバーテクノロジーが作り出した世界なのか、現世の平行世界的なモノなのか、それとも魔法なんてモノがあり現世と全然違う異生物が跋扈する様なモノのどれなんだ?」
「仮想世界ではない。別の現実世界であるが、神が存在する世界。魔法あり、亜人種あり、モンスターありの世界。ちなみに私はさっきも言った通り二十の女神の一角。『賢者』とは呼称で私もれっきとした女神」
ここでまた、そんなとんでもない答えが返ってきた。
二十人も女神がいるのか、全員美少女なのかなと想像してしまったが……重要なのはそこじゃない!
完全なファンタスティックな異世界じゃないか……
平行世界、別の時間軸の世界というならまだ理解できるが、そんな魔法やモンスターが存在する世界があるものなのか?
いわゆる物語の中の世界、知的亜人種にモンスター、それに魔法って……ゲームの様なプレイヤーに都合のいい設定の異世界と言うのなら、自分はその存在に対しては完全に否定派なのだけど……
そう、それはゲームの世界だ。ラノベでよくあるゲームの現実化、完全なる非現実な単なる物語の世界でしかない。
そう言えば一番最初に言っていた様な……エーテリオンと言う神がいて、魔法が存在すると……
で、確かその神はこの地球で生まれた願いのエネルギー体だったか……
んん~……まぁ、確かに現世に神の奇跡が無い事を考えると信仰心と言うエネルギーどうなったのかと中二病的に考えた事が無かった訳ではない。
それが実体化し別宇宙に移動して異世界を造ったと言うなら……そして今もパスが繋がっていてそちらに流れ込んでいるなら……
……もういいや。考えても分かる訳ないし。もう死んでるんだからこのまま進もう!
「よし! 分かった。取り敢えず理解した事にする。では、もう一つ聞きたい。魔法って何?」
「魔法とは自然エネルギーの事。その自然エネルギーをエーテリオンが造られたエーテルクリスタルに取り込み性質を持たせたエネルギーに変換されたのが魔力。その魔力を色々な形で行使するのが魔法」
「て事は基本的には単なる自然エネルギーだと?」
「その通り。自然が、星が存在する限り魔力は循環して無限に供給され続ける自然の摂理の一部」
こちらの世界で言う科学エネルギーと変わらないか。
「じゃあ、自分も異世界へ行けば魔法が使えるという事?」
「それは無理。魔法を使うには体の構成要素に魔力が無いとダメ。あなたを異世界に転生させる時に体の構成はこちらの物を元に造られる為、魔力は入る余地が無い」
何てことだ! 異世界物語の醍醐味魔法が使えないなんて!
心の中で絶叫しながら地面に崩れ落ちた。
異世界ライフの楽しみが半減ではないか……
「……しかし、魔法道具を使えば多少は使用できる」
そう言って自分の心を見透かした様に賢者様が補ろうして来た。
「それで、異世界行きは承諾してもらえるのですか」
そうだった。色々あってまだ意思表明をしていなかったな。
「あぁ。そちらの世界を救うと言う事だったっけ? 当然協力させてもらうよ」
「では、異世界でのサポートとして、装備品と異世界の知識、それに若く強化された肉体の提供をさせて頂きます。」
それが賢者様が告げた事だった。
神器クラスの武具や圧倒的な必殺技などが貰える訳ではなかった。
装備はあくまでも普通の物で異世界にある等級と言う制度で『中級クラス』までで、魔法付与は無しの物。ただしそれに該当するなら色々諸問題はあるが銃器などの現代兵器も可能らしい。
そして知識と技術とは異世界での言語と生活及び旅で必須のサバイバル術だけで、後は自身が欲するモノを覚えれる範囲だけと言う物だった。これには時間的にして三日間程度の実体験期間が与えられる事になっていた。
最後に世界を救うとは何をするのかと聞いたが、特別な事は何もないと。
存在そのものが世界へ影響を及ぼし自然な形で周辺へと広がっていく、つまり暮らしの中で勝手に作用する為、何か特別な任務がある訳ではなかった。
ただ、可能なら子孫を残してほしいとは言われたが……
そんな感じだから、ラノベやアニメの異世界物で定番のチートでいきなり最強とかも無ければ、魔力も無いので最強魔法使いになる夢なども無かった。
異世界での生活も最初の資金援助が無くなれば後は自分自身で何とかしなくてはならない。住む場所も職も……場合によっては最初から探す羽目になる可能性だってあると言う。
そんな条件でも、『若く強化された肉体』が提供される! これは自分にとっては大きなアドバンテージだった。
現世の身体を元に構築される事が前提であり、細胞に少し手を加えての『若返り』と『強化』である為、超人的な肉体とは程遠く運動部の高校生上位版的な物であった。
しかし、おっさんが病死から復活でき、更に運動神経抜群の若い肉体を手に入れられるのなら、チート機能が無くても、多少転生先に即死の危険性があると言われたとしても、考えを改めて断る理由にはならなかった!
これは正に千載一遇のチャンスだ!