火炎瓶
私はついぞ自らを火炎瓶だと思う。どろどろとしたどす黒い可燃性の液体を抱えたガラスの入れ物、それが私、下手をすれば人間の末路なのかもしれない。
ガラスでできているのだ、少しの衝撃でひびが入り、その中身は応酬とばかりに燃え上がり罵詈雑言を浴びせる。人とはさびしさが原因で怒る、いいや、燃え上がるのだろう。しばらく前から毎日のように燃え上がっていたと思う。人間の頭の中身は燃えれば燃えるほどなくなるもので寂しさの始まりがいつであったか、だいぶん前は優しかったなどという孫の話も、知らぬ女の墓参りになど行けとどやす息子の燃ゆる思いの原因など、てんで思い出すことはなかった。
「あんたはどうしてそうなんだ!!!」
そのことはと共に向けられた軽蔑の眼差しがこそ物語る、あの時は良かった。世への憤りを、その炎を、学徒であった私は行動に移せた。仲間がいた、今はいない燃え上がる永遠の学徒たちが、共になしたことは社会に反していたがそこに後悔はなかった。ただ、今は忘れた原因、あの女に何かをされたのだ。そうだ、俺は間違えたのだ。あれは愛などという想いなんかに支配された裏切りの生ぬるい生活だったのだ。あの言葉が俺を燃え上がる革命の意思を思い出させてくれたのだ。あの学徒の魂がこそ殉じすべてを燃え上がらせるのだ。大丈夫、私は俺は解放されたのだから。
もっと俺は燃え上がれる。この世は、社会は、人間は、不義理、不合理、不平等に満ちている。誰かが倒さなければならぬのだ。傲慢たる支配者、皆が自覚しないそのすべてを燃やし清算するのだ。それこそが俺たち高潔な魂を救うのだから。
それは夏の終わり、ある老人の解放は死んだ者にこそを向けられ生きる者への配慮など、はなからなかった。多くの政治家、高名な教育者、悪徳な経営者、彼が燃やし尽くした者に善人はいなかった。世は善転し、彼は象徴とされた。自覚すらなかった傷は、それより漏れ出る憎しみの可燃物は、多くの炎となって世に姿を現した彼らの象徴は言葉であっても行動であってもそのすべては燃え盛り、自らをも砕けさせた。ただ、名も知らねものを呼称するはただ一つの名を叫ぶ。
ただ、「火炎瓶」と。