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シグナル  作者: 日浦海里
4/4

アラーム

再び彼の視点

そこに足が向いたのは

本当にただの偶然だった

仕事が煮詰まり気分転換に

普段は誰も足を向けず

一人で考えられる場所へと

足を向けただけだった


けれどその日は珍しく

自分より先に人がいた

暗がりで一人壁にもたれて

じっと下を向いてる様は

あの日のここで悩んでいた

一人の女性を思い出させた


「どうしたんですか」

と声をかけたのは、

もしかしたらと考えたから


「なんでもないです、大丈夫

 お気遣いありがとうございます」


と俯いたまま、

小さくくぐもった声音の返事で

その場を動くわけでなく

立ち尽くしている所まで

まるであの日のままだった


覚えているならもう少し

違う反応が返るだろう

少し残念に思ったけれど

人違いなら仕方ない、と

そのままその場を立ち去ろうとした


けれど、思いに耽っているなら

そこまで気が回るだろうかと

不意にそう思い直し、

歩きかけた足を止める


どうしてこんな悪あがきを

そんな風にも思ったけれど

そう考える理性に反し

気付けば声をかけていた


「違っていたらすみませんが…

 以前ここで話したことはないですか」


女性は何も言わないままで

やはり自分の勘違いか、と

何故か少し胸が痛んだ


「すみません、忘れてください」


馬鹿な事をしてしまった、と

小さく一つため息をつく


「偶然話しただけなんですが

 ある時以来見かけなかったので

 もしもそうなら、と思ったのですが」


そのまま立ち去ってしまっては

ただの変な男だと

理由だけは伝えておいて

すみません

と、呟くように謝罪をし、

今度こそ立ち去ろうと

背を向けようとした時に

黙ったままだったその女性が

突然声をかけてきた


「もしもそうなら、どうされたんですか?」


俯いていたその顔が

こちらにすっとむけられた時

そこにあったその顔は

いつも会釈を交わしてくれる

忘れもしない顔だった

そうして不意にあの日の記憶が

やけに鮮明に脳裏をかすめる

どうして最初に気づかないのか

話し掛けたられたその声は

あの日ここで俯いていた

あの時の女性の声だった


妄想の世界にいるのでは、と

軽く頭を振ってみるが

現実は何も変わらない

単なる記憶違いかも、と

高鳴る胸を抑えながら

余計な事は言わないようにと

慎重に言葉を選び話す


「何かお役に立てればと

 そう言おうと思いました

 そのままでいい、とあの時は

 そんな風に伝えましたが

 もう少し何か言い方が

 あったんじゃないかと

 そう思って」


「どんな風に?」


見間違いでないのなら

彼女はとても嬉しそうで

その笑顔に見とれそうになりながら

冷静に、冷静に

と、言葉を続ける

もしも本当に同じなら、と

彼女と交わしてみたかった言葉を

ゆっくり思い出すように

考えていた言葉を紡ぐ


「今の自分が至らないから

 変わりたいって思う気持ちが

やっぱり心にあるのなら

 急に何かを始めることは

 とても勇気がいることだし

 負担だって並じゃないから

 まずは今を受け入れて

 それから自分を省みて

 良いところは少し良くして

 良くないところは一つ変えて

 少しずつでも構わないから

 なりたい自分になっていく

 そんな風に始てみるのはどうだろう」


自分の言葉は正しいだろうか

おかしなことは言っていないか

そんな風に悩みはしたが

既に音になってしまったのなら

考えたって仕方がない


「どちらかと言えば自分自身に

 言い聞かせている言葉ですね」


人に何かを諭すほど

自分も出来るわけじゃない

身の程に合わない自分の言葉が

少し恥ずかしく思えてしまい

自嘲気味に笑みを浮かべる

そんな僕を見ていた彼女は

自然な笑みを浮かべていた


それはあの日涙の代わりに

彼女が見せてくれた笑顔と同じで

もし違っていても構わないと

そんな風に思わせる

とても綺麗な笑みだった


「いつも挨拶していただくのに

 ちゃんとお話することも出来ず

 申し訳ありませんでした


 ずっと不思議だったんです

 挨拶していただける事が

 今も理由は分からないけど

 ただ、仕事でお会いした時が

 初めてではなかったことだけ

 それだけなら分かりました」


しばらく彼女は僕を見たままで

やがて堰を切るかのように

涙を流しはじめたのを見て

抱きしめるだけの勇気もないまま

ただ「何か失礼しましたか」、と

声をかけるのが

今の僕の精一杯だった

最後までお読みいただきありがとうございました

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― 新着の感想 ―
[一言]  描かれていない物語が、このさきのふたりにはきっとあるのでしょう。  おたがい、一歩ずつ勇気を出して、歩み寄った結果ですね。
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