サイレント
彼女の視点
こんな偶然があるのなら
嫌な事だって悪くない、と
そんな矛盾したこと考える
仕事で些細な失敗をして
上司と意見で対立をして
私の仕事の考え方を
真っ向から否定されて
期待していたわけじゃないけど
あの日と同じあの場所で
たった一人で沈んでいたら
あの日の時と同じように
あなたが偶然通り掛かった
「どうしたんですか」
という言葉まで
あの日をなぞるかのようで
誰にでも優しいあなたを知って
喜びと嬉しさと一緒に
少しの悲しさが胸に刺さった
「なんでもないです
大丈夫」
ありがとうございます、
と俯いたまま、
その場を動くわけでなく
立ち尽くしてみる所まで
あの日をそのままなぞってみる
そうですか
そう言って、あなたはその場を立ち去ろうとする
あの日はこのあと、
思い出したように
その日の自分の失敗を
私に語って励ましてくれた
さっき感じた胸の痛みが
このまま立ち去ってしまおうかと
そんな思いに変わろうとした時
あなたは私に振り返り
「違っていたらすみませんが…」
そう言って、私に少し歩み寄る
「以前ここで話したことはないですか」
どうして…と思ったけれど
あの時私は暗がりにいて
今も私は暗がりにいて
どちらの時も顔を見ていたわけじゃないから
見た目で違いはわからないんだ、と
不意にその事に思い至った
「すみません、忘れてください」
呆然としていた私を見て
勘違いだと判断したのか
あなたは頭を下げた後
小さく一つため息をついた
「偶然話しただけなんですが
ある時以来見かけなかったので
もしもそうなら、と思ったのですが」
もしもそうなら…
なんだろう
あなたがわかってくれたことに
思わず泣き出しそうだったけど
それ以上にその言葉に
興味を惹かれてしまった私は
俯いていた顔をあげ
あなたに声をかけていた
「もしもそうなら、どうされたんですか?」
あなたは少し呆然として
私を少し見つめた後に
軽く頭を振ったかと思うと
慎重に言葉を選ぶように
ゆっくりとした口調で話しはじめた
「何かお役に立てればと
そう言おうと思いました
そのままでいい、とあの時は
そんな風に伝えましたが
もう少し何か言い方が
あったんじゃないかと
そう思って」
「どんな風に?」
その時にはもう私の心は
あなたの言葉をただ知りたくて
続きを自然と促していた
「今の自分が至らないから
変わりたいって思う気持ちが
やっぱり心にあるのなら
急に何かを始めることは
とても勇気がいることだし
負担だって並じゃないから
まずは今を受け入れて
それから自分を省みて
良いところは少し良くして
良くないところは一つ変えて
少しずつでも構わないから
なりたい自分になっていく
そんな風に始てみるのはどうだろう」
自分の言葉は正しいだろうか
そんな風に悩むように
ゆっくりゆっくり言葉を続ける
「どちらかと言えば自分自身に
言い聞かせている言葉ですね」
あなたが照れて笑うのを見て
私も自然と笑みが浮かぶ
私はあなたの言葉のおかげで
少し前へ進めたんです
それを声に出せたなら
私はもっと変われるだろうか
けれど、今さら言い出せず
あなたを見つめるだけで
私はまだまだ至らない
だから今の私には