第6話 ミスチィフとブラッシュ
バタバタと、足音だけが駆け上る。
馬酔木さんは、扉の先か――!
「この先は……」
屋上だ。
ん、屋上の鍵が開いている。ラノベみたいに入れるぞ。
「?……誰だ?」
思わず小声が漏れてしまった。
風の無い青空の下。
屋上中央に立ってる、黒いウルフカットの少女――そうだ、確か菜種鈴さん。同じクラスの生徒じゃないか。
でも、彼女は確か今日――
「君が稲黍さん?」
菜種さんが口を開いて。
「今って授業中だよね。転学初日からサボり?」
「そう言う菜種さん、キミこそ。今日は学校、欠席だろう? ブッチしてここで何してるんだ」
「何って――“創作活動”、だけど?」
“見てくれ”とでも言わんばかり。
菜種さんは足元にある、長方形の紙っペラを――いや、“龍”の絵だ。
小振りな掛け軸の中を、古風な墨の龍が泳いでる……!
ああ、文字通り、アニメのよう。
掛け軸の空を、泳いでる……!
なる程、こいつが“針”の筆文字の――
「あの娘に見せても無駄でしょ、鈴ちゃんっ」
この声、馬酔木さん。
一体どこから――って、菜種さんの右肩の上。
お喋り鸚鵡みたく、乗ってるぞ……。
「鈴ちゃんの描いた絵の良さなんて、あの娘に分かる訳ないよ。それより鈴ちゃん、完成したの!?」
「ううん、でもここを最後に……」
何も無い空の宙空から、菜種さんが筆を取り出す。
黒い筆は硯にも置かず。何にも浸さず、簡潔に。自前の“黒”で――
「……うん、完成」
菜種さんが完成品を、自分に見えるよう向けると、
「わあっ、スゴいよ……!」
すぐに馬酔木さんの声が。
「やっぱり、鈴ちゃん才能あるよ! 普通に描いても上手だし、もうあの“ホクサイ”? より上手いでしょ!」
「ホクサイ、“葛飾北斎”の事? うん、そうだね。私も既に超えているって、最近思い始めたんだよね……!」
「そうだよ! これからも私、鈴ちゃんの活動、応援するからっ!」
「ぇ、ぁ、ありがとう。本当に、凄く嬉しい……! 次の作品も、SNSへ上げるより先に、鞠に見てもらいたいんだけど……ぅ、いいかな……?」
「うん。私、楽しみにしてるね……!」
それから肩上の馬酔木さんが、菜種さんの頬に近付き。
すりすりすりすりすりすりすりすり――…………
なんだこいつら。
「ウィアード!」
右手に絡めた秘装から、強固な飴弾を射出ッ――!
「ふん」
! 菜種さんが、投げた2枚の紙が開いて――
キィン!!
って、この高音!?
撃った飴弾が弾かれた……!?
紙に描かれた、盾の絵で……!
「攻撃は、紙の無駄だ」
菜種さんの眼が、冷ややかに――
「君が2発も撃ったから、紙が2枚も皺になった。うん、鞠の言った通り。風紀役員は想像よりも、厄介者だって事みたい」
「ね、言った通りでしょ? 今の内に叩いてさ、学校来れなくしちゃおうよ……!」
「うん、そうだね。鞠の“ミスチィフ”と私の“ブラッシュ”、2人で叩き潰しとこう」
……ほう、やる気だな。
いいだろう――
「かかって来い。“誓約書”は認知してるな、纏めて署名させてやる」
幸い、危険視するべきは、菜種さんの手繰る黒い秘装。あれを何とか抑えてやれば――
「ミスチィフ!」
不意に肩から飛び降りた、馬酔木さんの声が響いて。
途端、みるみる背丈が伸びると、等身大に戻って、く――……ちょっと待て。
みるみる、ぐんぐん伸びてくぞ……!?
落下防止の高いフェンスより、頭一つは飛び出して――いや、10mは……!?
っ、考えを改めよう。
巨人の方が、ヤバいかも――ッ!?