第3話 散歩する恐竜
「初めまして、稲黍鼓です。今日から1年3組で、一緒に勉強させて貰います」
…………。
「えーっと、先生方のお手伝いで、風紀役員に所属しました。生徒ではまだ、私一人だけらしいんですけど……精一杯、頑張りますっ」
…………。
「あー、よろしくお願いしますぅ……」
……ちょっと堅かったか。
「まぁでも、転学初日なんてこんなモノだろう」
なんて、独り言を言ってる内に――着いた。
3階にある、多目的室。貸し与えられた個人拠点、か。
「4月15日、午後1時。稲黍鼓、着任しましたー……なんて」
誰も居なけりゃ何も無い。
ああ、机と椅子とホワイトボード、その程度なら置いてあるか。
「何にしても、殺風景だなぁ。……DIYでもするか」
ん、スマホが振動してる。
……着信、亨さんだ。
『どうだい? 無事に着いたかい?』
「はい、今の所は無事に。先生方の協力もあって、滑り出しは順調です」
って言っても、授業を受けてただけなんだけど。
「転学生らしく、周りが少しザワついてたり、そういう事はありましたけど。あ、それと制服のブレザー、デザインがスゴく可愛いですね。リボンとネクタイ、選べるなんて。お洒落な所も気に入りました」
当然、私はネクタイ着用。
曲がり形にも、任務だからな。
『はははっ、それは何よりだ! それじゃあ、任務内容のお浚いを――』
「ああ、それなら私が」
事前に用意されていた、クラス名簿を片手に持って。
「1つ。“メーカー”の在学人数、個々が所持する“秘装”の把握。それとそれらの誘発する、多岐に渡った異質な問題。その調査、解決に勤める事」
そして、
「2つ。秘装を持った生徒から、誓約書へ“署名”を貰う事。国家に与するメーカーが、その力で創った物ですね。有事の際は署名した、相手の力を無効化出来る」
『そう、機能も立証済みだ。面接でも話した通り、柚子原高校には何故か、希少なメーカーが集まっている。勿論、噂であれば助かるが、実際、奇妙な事案も出てる』
奇妙な事案、か。
得てして色々出るんだろうなぁ。
「……事前に促した署名の便りは、何の反応も無かった。まぁ、唯一無二の自分の個性が、拘束される訳ですからね。無視出来るなら、しますよね」
将又、浸透してないか。
学校からのお便りなんて、一言一句は読まないからなぁ。
『それでも、野放しは危険だ。メーカーのみんなには、申し訳ないけどね。――と、言う事で! それ以外は割と自由だ! 楽しく学生を熟すといい! あ、そうだ1つだけ。その部屋に、“革靴”ないかい?』
革靴? ん、確か――
「あぁ、ありますよ。机の下に、並んで一足」
『悪いけど――それ、持ち帰って来てくれるかい?』
「? いいですけど、誰の革靴なんですか?」
『それは、ほら、言っただろう? “一流スパイも裸足で逃げ出す”、って。つまり……キミの前任者のだ』
……えぇー。
――と、昼食終了。
ぼっち飯かと嘆いてられない。
早速、今から動き出そう。
「とりあえず、スマホの“風紀アプリ”を……」
お、アプリに通知が来てる。
風紀役員と同様に、学校側と連携し作った。謂わば、“デジタル目安箱”。
絶対流行んないと思ったけど、既に数件ご意見が。
で、記念すべき一声目。
【校内を散歩する恐竜を、早く何とかして下さい!】
は?
「いや全く意味分からん。“恐竜”って――」
まさか“秘装”……?
いや、目立ち過ぎている。ここまで派手なバカはいない。
じゃあ――、こういう事か?
校内を定期巡回してる、体育教師の突飛なアダ名。
「しかし、“何とかして”って言われても、なァ……」
風紀は乱していないだろうし。
てか似たような通知、沢山来てるし。
「どーしよっかなぁ……」
なんて、そんな恐竜殿が気になって。目撃情報の一番多い、2階の図書室近くまで。わざわざ出向いてしまったじゃないか。
「左に曲がると図書室かぁ」
広い。この学校、広い。
A棟にはまた別口の、図書室が設けてあるそうで。
「この辺、全然人通り無いし。こっちの図書室、人気なぁ――」
『Gururururu……』
……違うなぁ。
人気云々じゃないなコレ。
「…………」
恐竜だ。
……バカなのか?
左の角から、にゅうっと出て来た。
整列した牙、獰猛な爪。
隆起した巨躯、燃える息遣い。
緑の体皮を持つ肉食が、廊下の角から闊歩して来た――……。
都立柚子原高校、か。
なる程、裸足で逃げ出す訳だぁっ……!?