第15話 アイドルを討て
鼓の丸焼きから3日。
安静にしろと言われたが、立ち止まってる暇は無い。
機会があるなら、飛び付かなければ……!
――っと、到着だ。
「うっはぁ……! これ羽ばたいてるぅ!」
翌檜さんの意見には、全面的に同意する。
横幅の広い2階建て、奥行きも申し分無さそうだ。
この区域の住宅でなら、一二を争う豪奢だろうな。
流石、大人気アイドルの家。
いや、柚子原高校理事長の家、だ。
「……マジメにここ、潜入すんの?」
やや引き気味の様相で、翌檜さんが確認する。
まぁ、気持ちは分かるが――
「そうだ。最低でも2時間、午後8時まで、ここには誰も帰って来ない。その間に、鳶尾さんの弱味を握る。強迫だろうが厭わない、彼女の署名は必ず貰う」
正々堂々勝てない以上、やはり苛めの物証で叩く。
地味だが、成果は確実だろうさ……!
と、ここまで啖呵を切っておき。
「キミは、任務で来た訳じゃない。……近くの喫茶店で、少し待っててくれてもいいんだ」
でも、翌檜さんは首肯しないで。
「ここまで来たら、ズブズブのずっしょだし!」
何だか決意めいた眼差しで、ズブズブだとか言い切った。
ずっしょ……。“ずっと一緒”、か。
「……よし、始めるぞ。と、その前に。そろそろ派遣した斥候が、成果を持ち帰る頃だ」
と、早速。
「あぁ、やっと来た」
通りの角から現れた、ウルフカットの見知った姿。
私の雇った愉快な斥候――菜種鈴、“ブラッシュ”のメーカー。
と、言う事は。
「こっちはもう済んでるからねっ」
この声、最早ニコイチだ。
菜種さんの頭に乗っかる、掌サイズの馬酔木さん。
「えーっと、稲黍さん?」
この顔触れを前にして、翌檜さんが困惑中。
まぁ仕方無い、説明しよう。
「2人には、周囲の防犯カメラの有無と、侵入経路を探ってもらったんだ」
「防犯カメラは無かったよ。私の“ブラッシュ”で塗り潰す、その一手間が省けたね」
「けど、私の“ミスチィフ”で入れる、小さな隙間も無かったなぁ。それにしても、鳶尾さん家、立派だねー」
そうか、ミスチィフで侵入出来たなら、初動は楽だったんだがな。
だがまぁいい、捜査条件はクリアした。
「2人共、ありがとう」
言いながら、恋愛映画の特別試写会チケットを、代表して菜種さんへ2枚。
その報酬をひらひらと、扇ぎながら菜種さんは、
「またよろしくね」
なんて少しだけ。シャツの胸元を弛く解いて、頭上の馬酔木さんがそこに、その谷間にスポッと落ち――っていやどこに収納してるんだ!?
「それじゃ、私と鞠はカラオケ行くから」
「あなた達、悪戯も大概にしときなよ〜」
菜種さんが、馬酔木さんが、そう口々に去ってった。
……変だぞ、キミ達。
「それで、結局どーすんの? とりま合鍵でも無いとぉ……」
“合鍵”か。
良い観点だ、翌檜さん。
「問題無い、任せろ」
こうして、右手に出したウィアードを。極少量、鍵穴へ注入――…………おっ、手応え有り。
後はウィアードを固めてガチャッ、と。
「――よし、開いたぞ」
「うわぁ、稲黍さんってえぐいよね……」
「だろう? 私の十八番だ。さぁ行くぞっ」
「はぁー、やっぱでもショックだわ……」
暗転のような2階の一角、スマホのライトを燭光に。鳶尾暉の部屋を物色し、翌檜さんが嘆息と。
「あたし、ひっかのファーストシングル、毎日ヘビロテしてたのにぃ。SNSのフォローもリムって、もうバイバイしちゃおっかなぁ。……どう思う?」
“ひっか”――鳶尾暉だからか。
「別に、曲や“偶像”としての彼女を、支持するのは構わないだろう。“人間”としては屑だがな」
まぁ、不法侵入に強迫プラン。
私も負けじと屑だろう。
それにしても、何も無い。
強迫に使う、材料が。
パソコンや日記の類いも無いとは、意外だったな。
ベッドの下、クローゼットの中、机の引き出し、カーテンの裏、既に一通りは見たぞ……。
これはもう、スマホを奪うしか――
――ピンポーン。
っ、今の呼鈴――……!?
まさか――いや、そのまさかだ!
ナイフで切れ込みを入れたような、僅かなカーテンの隙間の。その窓の向こう側にいる、玄関前、鳶尾さんだっ!
情報によればグラビアの、その撮影だった筈だが……。
クッ、ソ――巻いたのかぁっ……!?




