□中編
それから、数時間後。今日も今日とて、ドライアイや腱鞘炎になるんじゃないかってくらいの量の作業をこなし、終電間際だというのに朝と変わらないくらい混雑している電車に乗って帰宅すると、シャワーを浴びる気力もなく、敷きっぱなしの掛布団の上に突っ伏した。
二十代の頃は、どんなに遅くに帰って来ても、その日に覚えた技術を忘れまいとして習作を描き、そして、作品に合いそうな公募に原稿を郵送したものだ。だが、いくら公募に送っても結果は芳しくなく、新人漫画家デビューの夢は年を経るごとに遠のき、受賞者は自分より年下ばかりという現状を突き付けられるようになったため、最近では、自分レベルの才能では、プロの漫画家として独り立ちできないのではないかと疑い始めている有様だ。まことに情けない。
とはいえ、他に前面に押し出せるアピールポイントがあるかといえば、何も思い浮かばない。
背は低く、容姿も中の下、ギャル系やチャラ系との会話も苦手で、おまけにスポーツ音痴。唯一の取柄は人より絵が上手だという点なのに、それさえ危ういものになっている。
では、今日まで全くチャンスが無かったかといえば、そういうわけでもない。一度、漫画も描けることを売りにしてキャラクター付けようとしてるアイドルの影武者を頼まれたことがある。だが、そのアイドルというのが、超メジャーな漫画をサラッと読んだことがある程度の知識しかなく、しかも自分では枠線一本引いたことないというのだから、とんだお笑い種であろう。こちらもまだ若かったということもあり、考える時間も貰わずに、その場で断ってしまった。
のちのち冷静になって考えてみたら、それを踏み台にしてキャリアアップ出来たかもしれないという可能性に気付いた。だが、すべては後の祭りだ。所詮、幸運の女神の髪は、前髪しかないのだ。
国道沿いを走る自動車やバイクの音、アルコールが入ってハイになった学生や会社員の騒ぎ声が外から聞こえる中、そんなネガティブ・スパイラルに陥っていると、いつの間にか睡魔が襲ってきたので、俺は残り一パーセントの体力で腕を伸ばして電気だけ消し、ズボラ紐と一緒に意識も手放した。
「……あい?」
「ハイじゃねぇ。今、何時だと思ってんだ!」
「えーっと……」
とっくに十時を回っていた。一瞬で眠気が吹っ飛んだ俺は「ゴメンナサイ、すぐ行きます」という言葉を繰り返しつつ、財布と鍵を手にし、顔も洗わずに家を飛び出した。