■前編
中途半端な才能なら、持って生まれない方が幸せなのではないか。
そう考えるようになったのは、アシスタント歴が三年を超え、二十五歳を過ぎた頃だっただろうか。
高校時代に美術部で顧問にチヤホヤされ、そのまま調子に乗って画塾に通い、首都圏にある芸術大学へ進学した。
そこまでは、まぁまぁ順調だったし、何とかなると思っていた。
だが、現実は甘くなかった。
「うー。もう、こんな時間か……」
スマホのアラームを止め、電灯からブラ下がるズボラ紐を引くと、万年床の周りに見えてくるのは、中古で買った指南書に、飲み干した発泡酒の缶、埃だらけの充電ケーブルと、残高三桁の預金通帳。
鉛のように重い身体に鞭打ち、適当に洗顔と髭剃りを終えたあと、パジャマ代わりにしている高校時代のジャージから、洗い晒しのシャツとジーンズに着替え、風通しのいい財布と鍵をポケットに入れ、師事している先生の自宅兼事務所へと向かった。
身動きが取れないほどの満員電車に揺られ、人波を掻き分け、ようやく職場に辿り着くと、作業場では先生の担当編集者が待っていた。応接テーブルの上の灰皿には、山のように吸い殻が積み重なっている。
「アシスタントさん。先生が中国語の勉強に行かれてるようですので、貴方に伺います」
「な、な、なんでしょう?」
「絶賛連載中の歴史コメディー『国破れてシャングリラ』ですが、まさか、まだ原稿が出来てないなんて言いませんよね?」
「す、すぐに確認します」
沈黙による気まずさを避けるのと、眠気覚ましの意味合いとで流しっぱなしにしてあるテレビでは、タピオカに代わる新流行スイーツを紹介しているが、こちらには煎餅と梅昆布茶くらいしかなく、なんともショッパイ限りだ。
腕を組み、貧乏ゆすりをしながら、苛立たしげに煎餅を齧る編集者のご機嫌を横目で伺いつつ、先生の机の上にある原稿用紙の中から『国破れてシャングリラ』を出版している会社用の原稿用紙を選り分けると、なんとかネームだけは揃っていることに気付いた。俺は、首の皮一枚で助かったとホッとし、それを揃えて自分の机に持って行くと、さっそく枠線や背景を描き入れはじめた。