第5話 そして、彼もまた 前編
相変わらず不定期更新、いよいよ5話です。このままずるずると不定期で行きそうで怖いですけど、なんとかしようとは思ってるので、気長に見ていただけると泣いて喜びます。
「……っていう、かいつまんで話せばそんなことがあってね」
「へぇ……それで演劇部に、ねぇ?」
一通り話し終えると、新はなるほどなぁと深く頷く。
一体何が「なるほどなぁ」なのかはよくわからなかったが、しかしそれはそうと、こう言ってはなんだが、彼が私の話を最後までしっかり聞いてくれたことが私には少し驚きだった。
新め、昨日から私に不都合ばかりもたらしやがってくらいの気持ちでいたけれど、こうして話してみるとやっぱり悪い奴じゃないんだよなぁと、変な感心をしてしまう。
「で、結局ほとんど新歓の話だったけど……どう、少しは参考になった?」
新歓が終わってから転校してきた彼に、この話を参考にしろというのも我ながらどうかと思うが……まあ、私が話せることといったらこれくらいだし。
そう思いつつ彼に振ると、新は「ああ」と頷く。
「ありがと。参考になったよ」
「そう、よかった」
笑いながらそう言ってちらりと時計に目をやると、意外にも結構な時間が経ってしまっていた。
私、そんな長々語っちゃってたか。
「ごめん、少し話しすぎちゃった。私今日部活だから、そろそろ行くね」
「おう、引き留めて悪かったな」
「いいよ、これくらいなら全然。それより、せっかくだし部活どこにするか決めたら教えてよね」
どうせ乗り掛かった舟だ。
それに、昔はどこに行くにも私の後ろについてまわっていた彼が、高校生になった今、一体どんな部活を選ぶのか私も多少気になっているし。
勝手な予想でしかないけど、やっぱり男の子だしサッカー部とか、スポーツ系の部活なのかなぁなんて考えながら彼に「またね」と告げて部室に足を運ぼうとすると、ふと「待った」と後ろから新に手を掴まれる。
「ほえ?!」
そうやすやすと乙女の手を握るんじゃないの!
思わずばっと手を振り払い、「な、何?」と彼の方に向かいなおる。
「部活、もう決めたぜ」
「あ、ああ、そう。随分と早かったね。……で、何部?」
「俺、演劇部にするわ」
にっと笑ってそう言い放つ新。
「……へ? 今なんて?」
「俺、演劇部にするわ」
これまたいい笑顔を浮かべる私の愛すべき幼馴染。
マジかという感情が顔に出てしまっていたのだろうか、意外そうに
「悪いか?」と言われてしまう。
「いや、別に悪いとかはないし、なんだったら演劇部は常時滅茶滅茶部員不足に苦しんでるから、ありがたいっちゃありがたいんだけど……でも、なんかそのイメージなかったから」
「お前の中での俺、どんなイメージなんだよ。自分で言うのもあれだけど、俺バリバリのインドア派だぞ?」
バリバリのインドア派って、そんな自信満々に言うことじゃないでしょ。
けど、そんなツッコミをしても話が前に進まないので「へぇ」と何食わぬ顔をして答える。
「じゃあ何でまた演劇部に? 新も非日常への憧れとか、そういうのを感じたとか?」
拙い私の語りからそこまで感じ取ってくれたのなら私冥利に尽きるなぁ、なんて、そんなこと考えて頬を緩ませていると、新は「いや、そういうことじゃなくて」と首を横に振る。
「え、じゃあまた何故?」
「憧れだとかそんな高尚な理由じゃなくて、単に演劇部なら千代もいるし、馴染みやすそうだしいいかなって思って」
「……はい?」
いや、「いいかな」って。
新、私の前回の丸々1話にもわたる回想、ホントに聞いてた……?
意外に人の話しっかり聞いてくれるんだなぁ、私冥利に尽きるなぁなんて感心してた数分前の自分を殴りたくなる発言やめてもらえます??
「……」
いや、別にいいんですけどね? 部活を選ぶ理由がなんであろうと。
でも「部活選びの参考にしたいから」って言って人を引き留めておいて、散々長話させておいて(これは勝手に長引かせた私も悪いけど)、それで出した答えがそれですかってことですよ新さん!!
……とはいえ、そんなことを彼に言うのもなんか違う気がするし。
もうなんか色々諦めがついた私は、何故か目をキラキラと輝かせてこちらを見つめる新に「じゃあまあ、先輩に伝えるだけ伝えとくよ」とだけ言って、その場を後にした。
まあ、後のことは後で考えよう……
「おう、よろしくな!」
今はこれ以上悩んでも仕方ないかぁと、キロ単位での諦めの精製に取り掛かろうとした私に背後からかけられたその能天気な声に、私は再度深くため息をつくしかなかった。
まったく、この新は……
*
「へぇー、それで頼まれて谷塚くんに新歓の時の話、してあげたんだ」
稽古場で音羽と2人、先輩を待ちながらストレッチをしながらさっきあった出来事を語って聞かせると、音羽はそっかそっかとにこやかに頷いてそう言う。
「そうそう、参考にしたいからって言われてさ。ついでにラーメンズの話も沢山しちゃった」
「話が全力で脱線してんじゃん」
「いや、でもラーメンズの話題を出さずして新歓は語れなくない?」
「それはそうだけど」
実際のところ他の演劇部ではどうなのかは私の知るところではないが、少なくとも我が柴高演劇部において、ラーメンズの汎用性はピカイチである。
それは例えば先に述べた新歓や、文化祭公演の前座の場に彼らの長くても十数分、短ければ5分台とコンパクトにまとまりつつも笑いと感動の両面の攻撃力に優れた台本はこの上なくマッチするのだ。
まさに定番であり、そして王道は王道だからこそ王道なのである……!
by私……。
演劇部に入部してまだ1か月の若輩者の私だが、しかし先輩方の熱い指導のおかげで、今やすっかりラーメンズの凄さが骨の髄まで染みていた。
そしてそれは音羽とて例外ではない。
「ちなみに、音羽はラーメンズのコントなら何が1番好き?」
「お、また戦争になりそうな議論を。キノコ派かタケノコ派かみたいな話になりかねなくない、それ?」
「まあまあ、それはそれとしてさ。セーブするから」
「ならいいけど……そうだなぁ……やっぱり最初の見学の時に見せてもらった『本人不在』かなぁ」
「本人不在」とは、テレビの集金人と意地でも料金を払いたくない住人との攻防を描いた(?)もので、そのテンポの良さと、ころころ入れ替わる配役が魅力の作品だ。
あの日、見学に訪れた私達に神原先輩がサービスで見せてくれた、いわば私達の思い出の作品でもある。
「ちーちゃんは?」
「私は……『銀河鉄道の夜のような夜』かなぁ」
「おっ、随分と沼ってますねぇ」
「銀河鉄道の夜のような夜」とは、言わずと知れた宮沢賢治の名作「銀河鉄道の夜」をベースに、様々な作中人物の目線でコミカルに、かつシリアスに話が展開する作品で、作中ラーメンズの他のコントの様々なオマージュが出てくるため、いくつも他作品を見ている人じゃないと100%楽しめない中々沼な作品でもある。
そのラストシーンはネタバレ回避のために何がとは言わないが、かなりの鳥肌モノであることは請負いだ。
「ちーちゃん、完全に早口オタクの顔になってるよ」
「早口オタクの顔って何」
苦笑いを浮かべる音羽に「それよりも」と言って話を戻す。
「かなり脱線しちゃったけど、新の話よ」
「うん、中々の脱線事故だったね。それで、なんだっけ」
「だから……なんて言うか、結局決め手が私がいるからって何さ?!って話」
「ふーん……」
ぷりぷりと怒る私をよそに、どこか釈然としない表情の音羽。
「……何さ」
「いーや、べっつに~? ただ、面倒くさい女だなーって」
「め、面倒くさい女?!」
思わずストレッチしていた手を放し、音羽の方に向き直る。
「いや、だって結局谷塚くんが演劇部に入るキッカケはちーちゃんだったわけだし、別にそれならそれでよくない? それに案外、部活選ぶ理由なんてそんなもんじゃない?」
ぐーっと長座体前屈をしながら言葉を続ける音羽。
「友達と一緒がいいから同じ部活にする、とか、そんな珍しい話でもないでしょ」
「それは……そうだけど」
「むしろ、ちーちゃんみたいに運命を感じて部活選びができる人の方がレアケースなんじゃない?」
「うーん……そうなのかなぁ。なんかよくわかんなくなってきた」
「まあ、神原先輩来たら相談してみたら? ちーちゃんの気持ち云々以前に、演劇部としての問題でもあるわけだし」
「問題、ねぇ」
確かに、現状演劇部は部員不足に悩んでるわけで、そういう意味では男子部員の確保にもなる新の入部は、何の問題もないどころかむしろ大歓迎されることですらある。
……私、やっぱり面倒くさい女なのかなぁ。
そこまで考えて落ち込みかけたところに、ガチャっと音がして稽古場のドアが開き、神原先輩が顔を覗かせる。
「あ、神原先輩。おはようございます」
「おはよう、ちーちゃん、それに音羽ちゃん」
「おはようございます」
この「おはようございます」というのは、演劇部でいつ何時であろうと伝統的に使われてる挨拶で、聞いたところによると演劇の世界ではこうするので演劇部でも慣習としてそうしているとか何とか……詳しくは私の知るところではないが、そんな理由らしい。
「あの、神原先輩。少し相談したいことが」
「あー、ゴメンちーちゃん。私この後少し用事ができちゃってさ、すぐに行かなきゃいけないんだよ」
「あ……そうなんですか」
「ごめんねぇ。話は明日聞くから」
見ると、少し肩で息をしている神原先輩。おそらくここにも結構急いできたのだろう。
ならあまり引き留めてもアレだ。
わかりましたと頷いて稽古場の鍵を預かって先輩を見送る。
「先輩、忙しそうだったね」
「生徒会関係で揉めてるんでしょ」
「へ? そうなの?」
「聞いた話だけどね」
まーたこの子は生徒会と関係を持ってるのか……
内心呆れつつ、これ以上突っ込んでも墓穴な気がしたので「今日は最低限の基礎訓練だけして解散にしよっか」と提案する。
「そうね。先輩には明日また話してみなよ」
「うん、そうするわ」
先輩から渡された鍵をポケットにしまい、私はストレッチを再開した。
後編に続きます。