第4話 演劇という名の非日常 後編
後編です
「……おお」
舞台が再び真っ暗になった瞬間、私は無意識にそう呟いていた。
感動、と言ってしまえばそれまでだが、そんな言葉では言い表せない何かが心の中で弾けたのを感じたのだった。
それは周囲も同じだったらしく、暗転後数秒間はシーンと静まり返っていた生徒たちが、それからみな一様に我に返った様に拍手をしだしたあの光景を私は忘れられない。
こんなにも、人を惹きつけるものがあるのか──。
あんなにも、人を惹きつけられるものなのか──。
ストーリーの面白さも当然ながら、常居の人が変わった様に喋りだすシーンでの役者の切り替わりの凄さが妙に印象に残り、そして最後に再び舞台が明転した際に部活紹介をしていた役者が、これまたさっきまで舞台上にいた「常居次人」と同一人物とはとても思えなかったのも、さらに印象的だった。
──あんな風に人の目を釘付けにして、そして自分ではない誰かになれ変わることができるんだ──。
そう思った瞬間、私はもはや周囲の音など全く耳に入らず、まるで全身の血が沸騰したかのような感覚に襲われた。
今から思えばそれは、私が今までに感じたことのないレベルでの“非日常”への憧れだったのだろう。
しかしその時の私は、鳴り止まない鼓動を上手く言葉にすることができず、新入生歓迎会が終わってから音羽にただひたすら「凄かった」と、稚拙な言葉を絞り出し続けるほかなかった。
そんな私の感じたドキドキは音羽も同じ様に感じていたようで、壊れたように凄かったと繰り返す私を、音羽は不審者扱いしなかったのは、ある種僥倖とでも言うべきだろうか。
ともかく、予想外に演劇部という部活に運命を感じた私は、その日の放課後すぐ、音羽を連れて演劇部の部室へと向かった。
そこにこそ私も求める青春がきっとあるはずだと、そんなことを考えながら。
「し、失礼します!」
部室棟の2階の1番端、「こちら演劇部稽古場」と書かれたこじんまりとしたドアをノックすると、中から新歓で常居次人を演じていたクール系の先輩が顔を覗かせた。
「あ、あの、私達、その、新歓見て、それで、その!」
多分人間には、憧れの人を目の前にしたらこうテンパりなさいというプログラムがあらかじめなされているのだろう。
そうとでも思わなければ死んでしまいそうな、自分でも恥ずかしいくらいにテンパってそう言った私に、先輩はニコッと微笑んで「見学に来てくれたの?」と言った。
即座に音羽と2人、息ぴったりで「はい!」と頷くと、「こっちだよ」と稽古場の隣にある「演劇部部室」と書かれた方の部屋に案内される。
「私は神原希望。君たちより1年先輩の、2年生だよ」
「よ、よろしくお願いします! 1年の笹原千代です!」
「同じく1年の東雲音羽です!」
とりあえずその辺に座ってと言われ、少し散らかった部室の床になんとかスペースを作って2人で体育座りする。
「あの、新歓でやってたやつって!」
「ああ、ラーメンズの『小説家らしき存在』?」
「それです! そこで編集者をやってた、もう1人のおっとり系の方って……」
「もしかして、凛のことかな?」
今少し留守にしててねと、何故か少し恥ずかしそうにする神原先輩。
「見ての通り、今演劇部ってすごい部員少なくてね……凛がいないと私だけになっちゃうんだよねぇ」
「え、ってことはマックス2人ってことですか?」
「そうなるね」
なんとなく、先輩が恥ずかしそうにしてた理由が分かった気がした。
この部員が異様に少ない状況は、私達が入部した後もさして改善されることはないのだが、それはまた別のお話ということで──。
「いやぁ、見学かぁ、嬉しいなぁ。しかもこんなに早く来てくれるなんて」
「は、はい」
「ちなみに、どうして2人は演劇部に?」
藪から棒にそんなことを聞かれた私が、その時なんと返事したのか、今となっては記憶の彼方だが、しかし沢山意味不明な事を喚き散らしたのは確かだろう。
それでも神原先輩は、そんな私の妄言を嫌な顔一つせずに聞いてくれた。
「だから私、演劇部に入ろうと思うんです!」
我ながら何の宣言なのかよくわからなかったが、その一言をキッカケに、先輩は私達に色々と演劇部のことを説明してくれた。
与えられた状況で自分なりに役を演じる即興劇や、先輩曰く「アクロバティックなラジオ体操」という身体訓練なる代物、それに実際に過去の公演で使われた衣装や小道具、台本など、私にも音羽にも今まで全く縁のなかった世界を沢山見せてくれた。
そして果ては、遅れて部室にやって来た凛先輩と2人でラーメンズの他の作品も演じて見せてくれたりもした。
その頃には私は新歓で感じた非日常への憧れに加えて、演劇部という空間の妙な心地よさもすっかり癖になってしまっていた。
端的に言って神原先輩に体よく洗脳されてしまった形だが、しかし不思議と私の求めてる青春はここにあると、単なる思い付きとか勘のレベルでしかなかったそれは、いつの間にか確かな確信へと変わっていた。
すっかりくつろいでしまい、結局最終下校時刻まで入り浸った私達に、先輩方がかけてくれた「また来てね」という一言が恐らく最後の一押しになったのだろう。
週明けの翌月曜日、音羽と共に演劇部に入部届を出し、そして名実ともに私は演劇部の一員となったのだった。
次回更新は相変わらず未定です。
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では、また次回!