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第20話 暑くて、苦しくて、最高に楽しい場所 後編

後編です。

 その日の夜。

 私と新は、最早恒例となった井戸端会議ならぬ窓際会議で今日のゲネについて改まって振り返っていた。


「とりあえずは、お疲れ様」

「おう、お疲れ」


 マグカップから湯気を上げるココアで乾杯もどきを交わし、ふうと息を吐く。


「ひとまず、ゲネで大きな失敗はなくてよかったね」

「俺何か所か台詞飛んだけどな……」

「いやでもほら、アドリブで対応できてたじゃん? そういうの大事だと思うよ?」

「まあ、それはそうなんだろうけどな……でも、やっぱりリハーサルで求められてるもんじゃないよなぁって」

「それは……確かに」


 とはいえ、私だって(新に気付かれてるかはわからないけれど)何か所か噛んだり飛んだりしてるので、そこで憤怒して「なんでそんなこともできないの?!」などと言う資格はないので「難しいよねぇ」とふんわりとしたことを言っておく。


「……なんかさ、今日1日を通して思ったんだけどさ、舞台って重いな」

「重い?」


 珍しく少し落ち込んだような表情でそう呟く新。


「先輩方が言ってじゃんか。舞台上が一番危なくて、一番怖い場所だって」

「うん」

「あの言葉さ、正直“まあありきたりな注意喚起だな”くらいに思ってた自分がどこかにいたんだよ。でも、全然理解できてなかった」


 ココアを一口飲んで、真っ暗な夜空を見上げる新。


「例えそれがゲネでも、本番の舞台とは違う場所であろうと、舞台に上がるとさ、重さを感じるんだよな。それこそ、小さなミスが大事故に繋がりかねないっていう圧もそうだけど、それ以上に、ここで間違えたら今までの稽古が全部ダメになりかねないんだなっていう、そういう重さが凄かった」

「……でも、それはさ」

「わかってる。そこでミスったら今までやってきたことが全部無駄になるだとか、そんなことがないってのはわかってる。今までやってきたからこそ、今の俺たちは俺たちでいられているわけだし」


 そう言って、新は「わかってるんだけどなぁ」と絞り出すような声で呟く。


「……それでも、怖かった」

「……まあ、わからないではないよ」


 彼が案外プレッシャーに弱いんだということにも驚きつつ、私は頷いて言葉を紡ぐ。


「入部してすぐの頃、神原先輩に聞いたことがあるの。『舞台に上がるってどんな感じですか』って。そしたら神原先輩、少し考えた後に『暑くて、苦しくて、最高に楽しい場所だよ』って言ってたの」

「“暑くて苦しくて、最高に楽しい場所”か……」

「うん。舞台上ってね、照明とかを焚かれてるから物凄く暑いんだって。それに加えて温度調整なんて一切考えられてない衣装を着てるわけでしょ? だからその時の私は、あー、大変なんだなぁって、呑気にそう思ってたんだけど、でも実際立ってみて初めて、その言葉を清の意味で理解できた気がするよ」


 まあ、今回は照明なしだけどねと笑って付け加えておく。


「だから、その“重い”ってのは凄くわかるなぁ……」


 はあとため息を1つ。

 相変わらず曇った空を見上げて、明日は晴れてくれるのかなぁと、そんなことを考える。


「……でも、楽しまないとな」


 ふと、同じ様に夜空を仰いでいた新が口を開く。


「神原先輩も、まずは役者が楽しく演技してないと、観てる人も楽しくないって言ってたしな。なにより──」


 ふうと深呼吸を1つ挟み、新は


「なにより、せっかくの七夕なんだし、織姫と彦星を会わせてあげたいもんな」

「…………ぷっ……」


 頑張って堪えようと咄嗟に息を止めたが、間に合わなかった。

 見たこともないくらい真面目な彼の横顔を見て、私は盛大に吹き出してしまう。


「ふ……ふふふふ……あ、新、あんた何真面目な顔で……織姫と彦星をって…………ふふふふふ……!!」

「ち、千代?! いくらなんでも笑いすぎじゃね?!」

「いや、ムリムリ! これ堪えるのは相当難易度高いって!!」


 肩を震わせながら必死に言い訳になってるかすら怪しい言い訳を絞り出すが、新は「良いこと言ったと思ったんだけどなぁ」とほおを膨らませてそっぽを向いてしまう。

 が、その反応が面白くてまた盛大に吹き出してしまった。


「ちょっとー? 千代さーん? いくらなんでも失礼ではー?」

「い、いや……ふふふ……い、いいと思うよ? そうだね、会わせてあげないとね!」

「表情めっちゃニヤけてるぞ」

「そ、ソンナコトナイヨ?」

「明日に本番を控えた演劇部員とは思えない下手さの誤魔化しだな。不安になるわ」

「ご、ごめんごめん……」


 悪かったよと彼の肩を叩くと、「まったく」と不満そうな顔でこちらに向き直る新。


「なんか、色々言ってうじうじ悩んでたのがバカみたいに思えてきたわ」

「それはこっちの台詞だよ」


 投げやりにそう言い合い、なんとなく顔を見合わせて笑みをこぼしてしまう。


「ま、先輩の言ってたように、結局は楽しんでやるしかないんだろうな」

「うん、そうだね」

「ま、やれるだけ頑張ってみようぜ」


 こつんと拳をぶつけ合い、再び夜空を見上げる。

 明日こそは晴れますようにと、そう願いながら。


「私たちなりに、彦星と織姫を会わせてあげないとね」

「お前、ホントに一言多いよな」

 

 *


 開演10分前。

 メイクアップまで終えてステージ裏に集まった私達は、そこで最終打ち合わせを行っていた。


「まあ、最終打ち合わせとは言っても、ホント何を言っても今更って話だからねぇ。私からは、楽しんでこいとだけもう一度言っておくよ。凛は何かある?」

「私からも、同じく楽しんできてねとだけ言っておくよ。心配するまでもなく、君たちなら大丈夫だろうしね」


 そう言って微笑む神原先輩と凛先輩。


「じゃ、最後に演劇部恒例の気合い入れ、やっときますか」

「恒例の気合い入れ、ですか」


 なんだその不穏な響きのする単語はと3人で顔を見合わせてしまう。


「別に警戒するようなものじゃないよ。ほら、3人とも手を出して」

「は、はあ」


 言われるがままに片手を出し合い、全員で円になって手のひらを重ね合う。


「それじゃあ、私に続いてね」


 ふうと息を吸い、神原先輩はニコリと微笑む。


「それじゃあ、頑張っていきまーしょい!」

「「「しょい!!」」」


 相変わらず、演劇部には変な風習が多かった。

次回七夕公演編最終話です。誓って近日中に必ず更新します…!!!!

それと、先日誤字報告くださった方、ありがとうございました。

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