第20話 暑くて、苦しくて、最高に楽しい場所 前編
滅茶滅茶時間空いちゃいました。はい、素直に怠惰すぎましたね…千代たちに怒られてしまう…
遅れませば、第20話です。どうぞ…!
翌日。
本番を2日後に控えた私達は、せっかくだしと実際の衣装を着た状態での立ち稽古を行っていた。
「まあ、せっかくだしっていうよりも、衣装を着て動いてみると今まで考えたこともなかったような箇所でつまずいたりすることがあるからね。その確認って意味合いが強いかな」
神原先輩曰く、そういうことらしい。
稽古冒頭でそう言われたときは正直はてという感じだった私達も、しかし実際に衣装を着て動いてみてすぐにその意味を実感する。
なるほど、今まで練習用のウェアで動いていたのとは訳が違う。
衣装まで含めて織姫になり切って、その布地の先っぽに至るまで精神を集中して立ち振る舞わなくてはいけない。決して、私という織姫の一部でさえもイメージと違う動きをしてはいけないという重圧をひしひしと感じつつ、いくつかの箇所で動きを変更していく。
「はあ……これが彦星の重み、ってやつか……」
「いや、そんなドヤ顔で言われても……」
隣で疲れを誤魔化すようにそんなことを言う新にツッコミを入れつつ、重さというワードには確かにと内心深く頷く。
まるで、舞台に立つ重圧が衣装という形でまとわりついてきたみたいだ。
「ま、なんとかなるだろ」
「だねぇ」
時間も時間なので、神原先輩と新と私の3人でとりあえず主要な場面の立ち振る舞いを改めて確認し、その日は過ぎていった。
音羽の方も音響の最終調整に打ち込んでいるらしく、凛先輩と共に何やら忙しくPCと戦っていたので、邪魔しないように少し距離を取っておく。
そうしているうちに時間は過ぎ、気が付けば最終下校時刻をとっくに過ぎてしまっていた。
「じゃあ、今日はこれくらいかな。明日はもうゲネだけど、みんな大丈夫? ……って、聞くだけ野暮、か」
神原先輩はそう言って、私らを見渡して静かに微笑む。
そして、私達もその視線に「ええ、もちろん」としっかり答えていく。
「やれることは全部やりましたし、ばっちこいって感じです」
「ま、今更じたばたしても仕方ないしな」
「だねぇ」
3人で顔を見合わせて、ふふふっと思わず笑ってしまう。
「そうか。大丈夫そうでよかったよ。〆る前に、凛からは何かある?」
「んー、みんなの表情を見るに、今更頑張ってねって言うのも変だし……うん、特にないかな」
そう言って満足そうな笑みを浮かべる凛先輩。
「そうか、じゃあ代わりに私から1つだけ」
「は、はい」
突然の真剣な表情に、ここにきてまさかのお説教かと身構えた私達に、先輩は表情を崩してニコッと笑って一言、
「楽しんでこい」
とだけ言った。
「先輩……」
「結局、舞台なんてものは、まずは役者が楽しんでなけりゃ観てる人も楽しめないんだからさ、全力で楽しんで、な」
「はい!」
ま、受け売りだけどなと恥ずかしそうに笑う神原先輩。
「じゃ、帰るか!」
「ですね」
こうして、私達の最後の稽古は幕を閉じた。
残るはゲネと、本番の2回のみ──。
*
翌日、すなわち本番前日の土曜日。
神原先輩に言われた通りに1度部室に集まった私達は、そこで本番で使う衣装や小道具を手早くまとめる作業に追われていた。
「今のうちに明日の細かいスケジュールを伝えやちゃうから、みんな手を動かしながら聞いてもらってい?」
「はい!」
「まず、明日は会場に本番1時間前に集合。役者陣はそこから衣装とかメイクとかをしてもらって、その間に凛と音羽ちゃんで舞台上の設営と宣伝をしてもらうって感じだね」
「わかりました」
音響用の機材を丁寧にしまいながら頷く音羽。
「本番のステージは今日この後実際に確認するけど、一応商店街の七夕イベントのメインステージを貸してもらうって形なのね。だから、ステージ上では私達の出番の直前まで他の催しをやってるから、設営っていっても“出番が着たらすぐに舞台を作れるようにする準備”って感じで考えておいてね」
「了解です」
「持ち物とかは特にこれといってないけど、しっかり声は出せるように、各自喉を潤したりはできるようにしといて」
「はい」
なんとなく明日の流れを脳内で再現しながら、私の方も衣装を収納ケースに詰めていく。
「で、ここからは今日の話なんだけど、ゲネ自体はまさかステージ上でやるわけにもいかないじゃない? だから、商店街側に無理言って、同じスペースを確保できるだけの場所を用意してもらってるからよろしくね」
「まあ……確かに」
てっきりゲネだし、本番と同じステージの上でやるとばかり思っていたので拍子抜けするが、まあ冷静に考えれば当然だろう。
商店街の真ん中にある本番と同じステージの上でゲネをやったら、それはもう本番そのものになってしまう。
そんな私の今更な頷きに構わず、先輩は「あと1つ注意」と話を進める。
「ゲネの時になんだけど、今まで以上に足元に注意を払いながら立ち振る舞ってね」
「えっと……というと?」
先輩は真面目な顔をして「じゃないと、舞台から落ちかねないから」と、唐突に真面目な雰囲気を纏う。
「今日のゲネは実際のステージの大きさを想定してるだけから、それをはみ出しちゃって動いても『あーあ』で済むからいいけど、でも本番はそうもいかないでしょ?」
「ああー……舞台から落ちるってそういう……」
「そう。本番中に舞台から落下、なんて言うとコメディちっくに聞こえるけど、でもそんなことになったら本当に危ないからね。だから、足元には気を付けてねって話」
「なるほど」
神原先輩に続いて、凛先輩も「あ、じゃあついでに言っておこうかな」と注意事項を話す。
「演劇において一番事故が発生しやすいのが、実は舞台上なんだよって話、したっけ?」
「えっと……多分聞いてないです。そうなんですか?」
「うん、実はそうなの。だって考えてみて? 一歩足を踏み外せば、下手したら1メートル以上下の客席に落下するわけだし、上を見上げてみても、そこからは大量の照明器具がぶら下がってる。もし照明器具の固定に不具合があって、それが落ちてきて人に当たったりしたら、それこそ死人が出かねない」
「た、確かに……」
「舞台はね、ただ本番をやるためだけの場所じゃないの。そういう沢山の危険が潜んでる、本当は危なくて怖い場所なんだってことだけはしっかり頭に入れておいて」
「は、はい」
先輩たちの目は本気だった。
いつものおふざけの延長線上なんかじゃない、事と次第によっては私達を怒鳴りつけることも辞さないくらいの目を私達に向けていた。
だから、私達も素直に「わかりました」と頷く。
「うん、わかればよろしい! じゃ、荷物運んじゃおっか!」
そう言うと、先輩たちはいつもの優しい先輩たちに戻り、テキパキと指示を出して荷物を顧問の先生の車に積み込ませていく。
衣装の入った収納ケースを運びながら、私は先輩たちの言葉をありありと思い出していた。
昨日神原先輩が口にした「楽しんでこい」という言葉。
それに、凛先輩が口にした舞台に潜む危険の話。
「……いよいよ本番、なんだな……」
そんな今更な言葉も、なんだか今までよりも実感を伴って深く私達の心に降りかかり、いつも通りに振舞っている私達だったが、それでも確実に、私達は本番に向けて進んでいた。
後半に続きます。




