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第18話 ベランダ越しの織姫と彦星 後編

後編です。

 読み稽古の時とは違い、今の自分たちに何が足りてないのかわかってる分まだマシと言えばマシなのだが、しかし、台詞を覚えられないという問題は中々に手ごわく、その後1週間続いた半立ち稽古を経験した上で、私も新も未だに動きとも台詞ともつかない状態が続いてしまっていた。


「……どーすりゃ覚えられるんだろうなぁ」


 6月もいよいよ最後という週末の夜、本来なら(きた)る期末テストに向けて元々成績の良くない私は勉学に励むべきなのだろうが、そうもいかず、私はひたすら机の上に載った台本を睨み続けていた。

 いつの間にか日程も本番まで1週間というところまで迫り、いよいよ台詞がまだ完全に入っていない焦りが全身を悪寒として駆け巡るようになっていた。

 尻に火が付く、というやつだろうか。

 いや、というよりは尻に火がついていたことにようやく気付いた、という感じか。

 台詞を覚える作業は嬉々として進まない割に、そんなどうでもいいことをじっくりと考えてばかりの私。


「……生きるのに向いてないなぁ、私」


 思ってもないことを呟いてはあとため息を1つ。

 台詞を覚えること自体は、正直そんなに難しくない。事実、最初の読みの時は最初の1場面くらいなら辛うじて暗唱できていた。

 だが、もう“辛うじて”などと言ってる場合じゃないし、1場が暗唱できるくらいで喜んでいる場合でもいない。


「いい加減、演劇に仕上げないと……」


 日程的に来週からは、否、来週は本格的に立ち稽古だろう。

 先輩が「立ち稽古は確認っていうか、言うなればリハーサルみたいなものだから、最悪半立ち稽古までしっかりできてれば大丈夫だよ」と言っていたのを思い出し、そんなことを言わせている自分たちの進捗に軽く泣きそうになる。

 優しさがみるというやつだ。


「……新、もう寝たかな」


 ふと、窓の向こうの新のことが気にかかる。

 時刻は間もなくてっぺんになろうとしている。

 今日も学校はあったわけだし、普通ならそろそろ床に就く時間だが、私と似たり寄ったりな台詞の暗記状況の彼のことだ、きっとまだ起きている。

 音羽に「夫婦そろって覚えられてないの?」と茶化されて、ツッコむにツッコめなかった想いを払いのけて、彼の転入以来閉め切っていたカーテンをなんとなく開いてみる。

 すると、まるで見計らったかのように全く同じタイミングで新の部屋のカーテンも開かれ、寝間着の彼と目が合ってしまう。


「……ぷっ」

「……なんだこれ」


 驚きのあまり数秒間固まって見つめあっていた私達だったが、あまりのタイミングの良さにこれまた2人同時に吹き出してしまう。


「こんばんは、新」

「ああ、こんばんは、千代。奇遇だな」

「こんな奇遇があってたまるかって感じだけどね」


 こうなってしまっては今更カーテンを閉めて見なかったフリをするわけにもいくまい。

 お互いに窓を開けて夜風に吹かれながら、いつものような数秒後には忘れてしまうようなどうでもいい言葉を交わし合う。


「そういえば、こうして窓越しに話すのって初めてだな」

「大概の人にとっては初めてがどうとか以前に、そんな機会自体がまず訪れないと思うけどね?」

「まあそう言うなって。俺と千代の仲だろ?」

「冷静に考えて、どんな仲だよって凄い思うんだけど」

「……幼馴染?」

「でしょうね」


 逆にそれ以外があったら怖いわと笑う。

 そんなこんなでグダグダ駄弁っているうちに話題も尽き、話は自然と台本のことになる。


「……で、そっちは進捗どうだ」

「……多分、新の予想通りだと思うよ。そっちは?」

「俺の方も同じだよ。部分的には攻略できても、全体としては、って感じ」

「だよねぇ」


 台本を手に取って改めてはあとため息をつく。


「少なくともこの週末でなんとかしないとヤバい、よな?」

「でしょうね……あと8日しかないんだから……あ、いやもう7日か」


 ふと壁の時計に目をやると、時刻はいつの間にか12時を回っていた。


「マジかぁ……ヤバいなぁ」

「ヤバいねぇ……」


 練習が始まってから何度目かわからないため息を吐きあい、肌寒い夜空を仰ぎ見る。


『……こんばんは、彦星』


 思わず漏れたその台詞に、我ながら驚いて新の方を見つめる。

 すると、彼も何かを察したように「こんばんは、織姫」と台詞を返してくる。


「『久しぶりだね』」

「『ええ、久しぶり。今年も会うことは叶わなかったわね』」

「『ああ。俺はもう何年も君の顔を見ていない。毎日毎日、君がかつて作ってくれた着物を眺めてはため息をついてばかりだ』」

「『ええ、私もよ。昔と違って、こうして1年に1度はあなたを感じられるようにはなったけれど、それでも会えないことの寂しさを根本的に消してはくれないもの』」

「『来年こそは、会えるといいな』」

「『ええ、本当に』」


 一区切りするところまで台詞を交わし合い、さっきまで全然覚えられなかった部分があっさりと全部言えたことに驚き、改めて台本を見つめ直して間違ってないよなと確認してみる。


「……できた、ね」

「そう、だな……」


 そういえば、読みの前に稽古場で咄嗟に彼に台詞を振られたときも自然に台詞が出てきた気がする。


「……相手がいれば、台詞出るかも」

「俺も今同じこと思った。もしかして、台詞だって考えないで、相手とのコール&レスポンスで考えた方がいいのか……?」


 言われてみれば、半立ち稽古の最中もあまり詰まらなかった箇所は、織姫と彦星の直接の会話の場面だった気がする。

 なるほど、そういうことか。

 神原先輩が以前「台詞だって考えない方がいいよ」と言っていたのを思い出す。


「まあ、その上で独白みたいな台詞は、今まで通りなんとかして覚えるしかないけどな」

「それでも、多少覚えやすくなったことには変わりないからね。練習、してみようよ」

「ああ、そうだな。やってみよう」


 心地よい夜空に吹かれながら交互に台詞を交わし合い、ふと、織姫もこんな気持ちだったのかなと、そんなことを思った。


「『あら、もうこんな時間……』」

「『本当だ。東の空が明らんできている』」

「『夜明けが近いですね』」

「『今年はこれにて終わり、か。また1年、寂しくなるな』」

「『ええ。でも、あなたを待ち望むのももう慣れっこですよ』」


 彼と交わす台詞が、いつしか台詞ではない何か、もっと心地い良いものになっていくような、そんな気すらした。

 今ここにいるのは谷塚新と笹原千代という腐れ縁の2人ではなく、彦星と織姫という運命に引き裂かれた2人なんだと、そう思えた。


「『……さようなら、織姫』」

「『……さようなら、彦星』」


 七夕公演まで残り7日。

 夜明けの太陽に照らされ、朝霧のようなまどろみの中で、自分たちの演じる織姫と彦星という役にも一筋の希望が見えたと、そう思えた。

七夕公演編もいよいよ後半です…!彼ら彼女らの行きつく先にご期待くださいまし…!!

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