第18話 ベランダ越しの織姫と彦星 前編
久々の定時更新です。
実はリアルの方で他の原稿の〆切に追われてたりするわけですが、知ったこっちゃないですね!!
繰り返しになるが、ここで半立ち稽古とは何ぞやという話を軽くしておこう。
半立ち稽古とは、台本を持ったまま舞台上での実際の動きを確認する稽古であり、読み稽古が台詞の練習メインだった一方、半立ち稽古は台詞よりも動きに重点を置いている。
要は、読みで台詞を確認して、半立ち稽古で動きを確認して、立ち稽古でそれらを全部合わせる、という練習計画なのだろう。
ということはすなわち、半立ち稽古では動きをしっかりと確認することももちろんのこと、「まだ台詞覚えてないだろうから台本持ってていいけど、でも立ち稽古までには全部覚えろよ?」という圧も同時にかかっている練習なのだろう。
せめてもの猶予期間、とでも言うべきだろうか。
素人なりにそんな風に考えていた私はどうやらあながち間違っていなかったようで、次の日から本格的に始まった半立ち稽古は予想通りかそれ以上か、まだ台詞の入り切っていない私にとっては相当過酷なものだった。
いや、半立ち稽古はある種台詞を覚えるための練習みたいなものなのに“台詞の入り切っていない”なんて言い訳もどうかとは思うのだが……
しかし、練習で身につくはずのものがないと、そもそも練習にならないとでも言うべきか……
「はい、じゃあ次は3場の織姫の台詞から。2人とも、さっきから台詞を言ってるときの動きが特に単調だから、そこ重点的に意識してね」
「は、はい……」
「頑張ります……」
台本を片手にこちらを鋭い目線で見つめる先輩。
そしてその隣には、いつになく真面目な表情を浮かべた音羽が、なにやら熱心に台本にメモをしていた。
神原先輩主導のもと、半立ち稽古からは音羽も本格的に演出補佐として練習に参加し始めたのだ。
「2人とも、準備はいい?」
「大丈夫です」
「オッケー。じゃあ3場、スタート」
手パン。
──はあ、1年に1度あの人のことを感じられる日が終わってしまった……次はまた1年後……今度は会えるかしら。
──ああ、1年で唯一の希望の日が終わってしまった……今年も会うことは叶わなかったなぁ……
『七夕の日に降る雨のことを“催涙雨”とも呼びますが、これは2人が会えないことを憂いて流す涙になぞらえたものと言われています』
──また1年間、頑張るしかないわね
──さて、今度会った時に呆れられないようにしっかり働かなくては
『2人は毎年、来年こそはと祈りながら生活していましたが、しかし七夕の日というのは往々にして雨が降りやすい日でもあります。故に、彼らは運が悪ければ十数年も直接会えない、なんてこともあったわけです』
『そして、ここ数年もまた七夕の日には雨が続いておりました。織姫と彦星は互いの顔を見ることが叶わぬまま、会えるその日をただ夢見て今日も働いております』
再び手パン。
この3場はどちらかと言えば語り部の台詞の方が多く、また動きだけのことが多かったので比較的やりやすい気がする。
これならそんなにダメ出しを食らわないんじゃ、なんて一抹の期待を抱いて先輩たちの方に目を向けるが、だがしかし。
先輩も音羽も、とても満足しているようには見えない重苦しい顔を浮かべていた。
「はい、まず私からダメ出しいい?」
「は、はい」
「最初2人とも『はあ、1年に1度』の台詞の時の動きが全く同じになっちゃってる。悪く言えば、わかりやすく落ち込んでる感じになってるから、少し差をつけて。それから、語り部が語ってるときはできるだけ目立たないような動きをするって1場で決めたよね?」
「あ、はい……」
そうだった。
語り部の台詞の時はあまり目立つ動きはせず、観客が語りの内容に集中できるようにする。しかし別にその場で止まっていろという意味ではなく、必要に応じてちゃんと動きつつ、その一方で悪目立ちするな、という話だった。
いっぱいいっぱい過ぎて全然そんなこと覚えてなかった。
残りのダメ出しも急いで台本にメモし、誰にも気づかれないくらいの小さなため息をつく。
「……っと、私はこのくらいかな? 音羽ちゃんは?」
「はい。言いたかったことは大体先輩が言ってくださったので、私からは1つだけ」
すうと軽く息を吸って、音羽は「2人とも、読みの時より役から離れちゃってません?」と、見事に一言で私も新も薄々感じていた核心を射抜いてくる。
「それは……正直、自覚あったな……気を付ける」
「私も、気をつける……」
そう、半立ち稽古の難しさはこの中途半端さにあると思う。
読みで自分のものにした役柄を忘れることなく演じつつ、さらにそこに動きをつける。しかもまだ台詞が入り切ってない段階で、だ。
早い話、例えば10桁のランダムの数字を無理矢理暗記したとして、じゃあサッカーしながらその数字をそらで言えますか?ということに近い気がする。
まあ、それらをできるようにした最終形が舞台というものなのだろうと思うと、嘆いてばかりもいられないとも思うのだが……
「いかんせん、台詞がなぁ……」
休憩中、隣で無言で水筒とアツいキスを交わす新に向かってぼそりと愚痴をこぼす。
「……だな。台詞を覚えてないせいで、動きに支障が出てる気がする」
「そうそう。動きだけだったらもう少しできる気がするもん」
「まあ、今の俺らが言っても説得力ないどころか、安っぽい言い訳にしか聞こえないけどな」
「言えてる」
ハハハと自虐的に笑い合い、ちらりと神原先輩と音羽に目を向ける。
「……あの2人、なんていうか凄い“カントク”してるよな」
「演出、でしょ。まあ、言いたいことはわかるけど」
読みの終盤までは、凛先輩から音響や照明関係の話を詳しく聞いていたらしい音羽だが、しかしこうして本格的に演出の職に就くと、意外にしっくりきているとでも言うべきか、さっきの鋭い指摘もそうだが、彼女の無駄な器用さにただただ憧れるだけだ。
「……全く、あの才能お化けめ」
「才能お化けて……言いたいことはわかるけどさ」
世の中にはすげーやつがいるからなぁと笑いながらぼやく新。
「それにしても東雲のやつ、タバコの話なんてよく知ってたな」
「ね」
タバコの話、というのは、半立ち稽古の初めの頃、台詞と動きが上手く調和できずに苦労していた私らに、音羽がふと思い出したとばかりに話してきた話で、なんでも演劇において“タバコを吸いながらの台詞”というのがトップクラスに難しい、ということだった。
喫煙者ならいざ知れず、少なくとも私ら高校生からすれば“タバコを吸う”という動作自体馴染みのない物な上、“タバコは台詞を割って吸う“というルールがあるらしく、台詞を言ってから吸い、また台詞、などとなってはいけないというのだ。
おそらくそうしないと不自然になってしまうということなのだろうが、しかしこの話だけで動きと台詞を調和させる難しさは十分に伝わるのではないだろうか?
「あいつ、無駄に物知りだな」
「音羽のことだから、知ってたってより、演出になってから色々調べたから知ってた、って感じだと思うけどね」
「ああ、なるほどな。あいつらしい」
そんな話を神原先輩からではなく音羽からされたこと自体結構な驚きなのだが、きっとこれも彼女なりの気遣いなのだろう。
そんなことを考えていると神原先輩が「じゃあそろそろ続き、やるよー?」と声をかけてきた。
「はーい、今行きます! ほら、新」
「わかってるよ。行くぞ、千代」
お互い顔を見合わせ、頑張ろうと頷きあった。
後編に続きます。




