第16話 彼ら彼女らが、彼ら彼女らであるために。 後編
後編です。
そこで再び神原先輩が手パンをし、私はハッと顔を上げた。
「あ、ええと……どこか、マズかったですか……?」
難しそうな顔をして台本を睨んでいる神原先輩に、新が不安そうにそう尋ねる。
しかしすぐにその問いかけに返事はなく、先輩は数秒間うーんと唸った後、一言「違うなぁ」と呟いた。
「違う……と、いうと……」
「新くん、それにちーちゃんに一つ質問」
「は、はい」
「例えば今止めた直前の『いえいえ、謙遜なさらないでください』っていう彦星の台詞なんだけど、これ、彦星はどんな心境で言ってると思う?」
「し、心境ですか」
その予想外の問いかけに、思わず新と顔を見合わせてしまう。
正直「滑舌が」とか「役になり切ってない」とか、そういうダメ出しを食らうとばかり思っていたのだが……心境? 心境ってなんだ?
何と答えていいかわからず黙っていると、先輩は「ね? 答えられないでしょ?」とそんな私達の内心を見透かしたように言って苦笑する。
「え、ええ……正直、全然です」
「まあ、聞いてればわかるよ。2人とも結構スラスラ読めてたから、台詞を多少なりと覚えてきたんだろうなってのはわかったよ。でも、その台詞が全然織姫と彦星のものじゃないんだもん」
「織姫と彦星のものじゃない、ですか……」
「そ。ただ、新くんとちーちゃんが読んだだけの、文字の羅列って感じ」
そこまで言われて、私はふと、部屋で台詞を覚えようと奮闘していた時の違和感を思い出す。
──ここに書かれた台詞をそのまま私が読み上げたところで、そこに出現するのは変な言葉遣いの私であり、七夕伝説という舞台で華麗に舞う織姫ではない──
ただ台詞を読み上げたところで、役にはなれない。
そうわかっていたはずなのに、そしてその上で多少なりと織姫になろうと意識してみたが、しかし、それでもまだ私のままだった。
「でも、それってどうすればいいんですか……? 私は単なる女子高生で、織姫じゃないわけですし……」
そこまで考えたところで、ぽろっと内心が口に出てしまう。
しまったとすぐに自分の発言を後悔するが、しかし先輩はイヤな顔一つせず、「だよねぇ」と言って笑ってくれた。
「わかるよ、その気持ち。こんな自分の境遇とかけ離れた役を演じろ、その役になり切れ、なんて言われても全然わからないよね」
私もそうだったよと言って苦笑いを浮かべる先輩。
「そんな君たちに1つ大ヒントだ。さっき私が言った織姫と彦星の“心境”ってものを1から考えてごらん。そうすれば、今は遠い役との距離も少しは縮まると思うよ」
ドヤ顔でそう言う神原先輩の言葉に、私と新は「はァ」とわかったようなわからないような、なんとも言えない表情を浮かべたのだった。
*
その後、先輩は「私は先に帰るから、2人で色々考えてごらん」と言い残して稽古場を後にしていった。
おそらく、その場に先輩がいたら自由に色々考えにくいだろうなと、私達を気遣ってくれたのだろう。
そのお気遣いに甘えて、まだ最終下校時刻まで1時間弱あるしと、私達は急遽「織姫と彦星の心境を考える会」を開催することにした。
「……とはいえ、どうしたもんか」
「うん……先輩の大ヒント、わかるようなわからないようなだったね……」
そうしてしばらくは台本を見返して、ただただうーんと唸っていた私達だったが、ふと、新が何か閃いたようで、わざとらしく手を叩いて見せる。
その無駄な演技力を生かせばいいものを、なんて内心思いながら「どしたの?」と聞いてみる。
「いや、単なる思い付きなんだけどさ、心境って要はその時その人が何を考えてるかってことだろ?」
「そりゃそうでしょ」
「つまり、例えば俺の彦星で言えば、最初はただの牛飼いとして普通の日々を過ごしてたけど、そこにびっくりするような縁談が舞い込んでくるわけじゃん?」
「そうね」
「そこの過程をしっかり一人の人間として踏まえた上で、最後の『いえいえ、謙遜なさらないでください』って台詞はどういう言い方になる?ってことなんじゃないか?」
「あー……なるほど」
なんとなく、多分新も、そして私も、台詞を読む時に感情をこめるということは意識してきたはずだ。
でも、それは単に“棒読みにならない”ためにしていただけで、その役がその場でどんな気持ちで何を意識して発言しているかを考えていたわけではない。
「要は、私達が意識しなきゃいけないのは台本に書いてある“台詞”じゃなくて、その役がリア
ルタイムでしている“発言”ってことね」
「多分、神原先輩の言おうとしていたことは、そういうことだと思う」
一応はなるほどと納得し、改めて台本に目を通す。
「……じゃあさ、彦星と織姫のお互いの気持ちみたいなものをさ、台本にちょこっとでいいからメモっていったほうがいいかな?」
「ああ、確かにな」
台本に自分なりに軽くメモしながら読み直していくと、確かにさっきまでの私達は単に台詞を読み上げていただけだったなという気になってくる。
私達以上に演劇歴が長い先輩の目から見たら、それはもう明らかも明らか、酷いものだったに違いない。
「……なんか、こうしてみると小学校とかの学芸会ってなんだったんだろうって思えてくるな」
「それね……」
新のぼやきに全面同意してため息をつく。
ホント、今のこれから比べれば、学芸会なんてまさに“お遊戯会”という言葉がぴったりな代物だ。
「台詞だって一人一つとかだったもんな」
「しかも、それすら覚えられない人とかいたもんね……」
「それが、今じゃ一人台詞いくつあるんだ、これ?」
「怖くて数えてないよ……新は数えた?」
「まさか。お前と同じで、俺結構恐がりだからな」
「お互い、台本恐怖症にかかっちゃったね……」
「なんだその局所的な病気は」
などと、愚痴とも世間話ともつかない話をつらつらとしつつ、台本への書き込み作業を進めていく。
するとふと、稽古場のドアのところに誰かの気配を感じて、顔を上げるとそこには窓からこちらをニヤニヤと覗き込む音羽の姿があった。
「うわっ、なんだアレ! 怖!」
私より少し遅く気付いたらしい新が、半分妖怪のようにこちらを覗き込む音羽にドン引いている声に苦笑しつつ、「何してんのさ」とドアを開けてやる。
「何って……イチャイチャしてる2人を観察して、あわよくばスクープ写真でも撮って週刊誌に流してやろうかと思ってただけだよ?」
「相変わらず、溢れ出す狂気が止まらないね」
あと、とりあえずそのさも当然でしょみたいな顔、やめてくれませんかね??
「で? 音羽の方は凛先輩との台本の最終調整は終わったの?」
「うん、ついさっきね。今改めて印刷してるから、後で最終版渡すね」
「オッケー」
報告を軽く流して再度心境書き込み作業に戻ろうとしたところで、新が「あ」と声をあげる。
「ん、どした?」
「ああ、いや……だったら、今この台本に書き込んでも意味ないなって……」
「……あ」
……もう結構書いちゃったよ。
「……まあ、結構雑なメモ書きだし、後で正式版に書く時の下書きだと思えば……」
「そ、そうだな」
先輩からの問題に答えを見つけられたことに喜ぶ前に、少し冷静になるべきだったなと、なんとなくそんなことを考えた。
次回更新こそは予定通りに…11/30の22時予定です!よろしくお願いいたします!




