番外編1 走れロミオとジュリエット 中編
中編です。
そもそもが体育祭数日前に提案されたアイデアということもあって、どうやら私達に拒否権など本当に最初から存在しなかったらしい。翌日、先輩から部室に呼び出された私が目にしたのは、音羽がロミオの衣装合わせをさせられている姿だった。
「お、おはようございます、先輩。えーっと……音羽のその姿は……」
「おはよう、千代ちゃん! ああ、これかい? ロミオだよ!」
いや、あの、それは知ってます。
昨日一旦考えさせてくださいって言って解散したはずなんですが、もう決定事項扱いなんですね……
そんな愚痴めいたあれこれが喉元まで出かかったが、しかし神原先輩と凛先輩のキラキラした目を見てしまったら、そんなこと口が裂けても言えるはずがなく。
ピシッと着こなした金の刺繍入りのズボンに、高級さがにじみ出る真っ黒な上着を羽織った音羽を見つつ、私は「はァ」と煮え切らない返事をする。
「しかし、音羽はホントにこういう格好させたら、右に出る者はいないって感じだよね」
「またまたー、褒めてもなにも出ませんぜ?」
「いやいや、本心からそう思ってるよ」
元々彼女は相当整った顔立ちをしているし、さらに綺麗に金に染め上げられたその髪色も相まって、まるでどこかの国の王子様のような雰囲気すら纏っていた。
ホント、神様は不平等だと思う。
そんな彼女の豊かな胸元を睨みつつ、「あれ」とふと思いついた疑問を先輩にぶつける。
「というか、音羽がロミオ役なんですか? 新じゃなくて?」
「まあ、せっかくの男子部員だしとは思ったんだけど、流石に入部したての彼に任せるってのも申し訳ないかなって」
「な、なるほど?」
それを言ったら私らだって、まだまだ新入部員のつもりなのだけれどとか、体育祭への参加は強制なのにそこは配慮したんだとか、若干モヤモヤしつつも頷いてみせる。
「じゃあ、もしかして私がジュリエットですか?」
「ピンポーン!」
まあ……でしょうねって感じだ。
「ちなみに、走者自体は4人だから、私と新くんも何かしら衣装を着て走ることになるから、よろしくね」
「わかりましたけど……あれですか? なんかロミジュリ関係の衣装とか、他にもある感じですか?」
「いんや。私らは部室にある余った衣装をテキトーに着る感じかな」
「そこは随分雑なんですね?! それ最早ロミジュリかどうかすら危うくないですか?!」
呆れを隠し切れずに顔に出してしまった私に、先輩は苦笑しつつ「まあ、案外何とかなるもんだよ」と答える。
「去年もなんとかなったし。なぁ、凛?」
「うん。みんな、思ってる以上に演劇部に対するイメージってテキトーだから」
「そんなんでいいんですか……いや、いいならいいんですけど……」
不満ばっかり言っていても仕方がないし、それはそれで楽しそうな気もするし、まあいいか。
演劇部らしいっちゃらしいなぁと、ふと考えて思わず笑みがこぼれる。
「よし、そうと決まったらちーちゃんも衣装合わせだ! ほら、こっち来て!」
「はいはい、わかりました……」
音羽の着付けもひと段落したらしく、先輩はそそくさとドレスの準備に入る。
「ほい、これ」
そう言って神原先輩から渡されたのは、真っ赤なヒラヒラの、胸元が盛大に開いたドレスだった。
いや、これ無理でしょ。……何がとは言わないけど。
「……これは、音羽か凛先輩が着た方がいい類の衣装だと思うんですが」
まさかここにきて、現代の格差社会の闇を垣間見ることになるとは。
無を通り越して悟りの境地に達しかけた私の肩を、神原先輩は「大丈夫大丈夫」と言って叩く。
「着方次第でなんとでもなるからさ。凛、やってあげて」
「オッケー。ここをこうして……そんでここをこうしてあげれば……ほい!」
ほけーっとしている隙に、凛先輩に一気にドレスのウエスト部分を絞り上げられ、思わず「ぐえェ」と田舎道で車に轢かれたカエルのような声が出てしまう。
しかし、確かに先輩の言葉通り、その絞り込みで(良くも悪くも細い)私のウエストラインがハッキリして、余った布地を上手いこと束ねることで胸元の不自然さも格差もほとんど目立たなくなっていた。
「おお……本当だ、なんとかなってる!」
「でっしょー? ざっとこんなもんだよ!」
「ありがとうございます、凛先輩!」
ドヤ顔の凛先輩に頭を下げて、さてと音羽の方に向き直る。
……で、この格好で音羽とロミジュリをしながら、全校生徒の前を走る、と……
「……恥ずかしいね」
「……だね」
なんだか急に冷静さというか、賢者タイムとでも呼ぶべき時間が訪れてしまい、互いに顔を見合わせたまま赤面してしまう。
「うんうん、2人とも準備万端っぽくて安心したよ!」
「これがそう見えますか……」
「うん!」
「そ、そうですか……ならいいんですけど……」
「衣装の着付けは当日のお昼休みにやっちゃうから、2人とも忘れずに部室に来てね」
「今回私らの葛藤はスルーされて話が進んでく感じなんですね」
「じゃあ、よろしく!」
「聞いてないし……」
まあ、ここまで来てしまったら、あとはやけくそでもいいから楽しんで乗り切るしかないか。
「……音羽、頑張ろうね」
「……うん、そうだね」
こうして、何が敵で何が味方なのかすら曖昧な、よくわからない体育祭の幕が開けたのだった。
*
そして、いよいよ体育祭当日。
クラスの人が出ている競技を応援したり、逆にチームとしていくつかの競技に出場したり、せこせこと忙しく動き回っているうちに、気が付けば午前中の競技もあと少しとなっていた。
「よっす、ちーちゃん~。元気~?」
応援席でぼーっと目の前で行われている他クラス同士の試合を眺めていると、後ろから相沢さんに頬をつつかれた。
「あ、ああ……相沢さん。うん、まあ、元気っちゃ元気だよ」
「そうー? ならいいんだけど、ちーちゃん、なんか目が遠くを見てたからさ~」
「ああー……実は、この後ある部活動対抗リレーに出ることになりまして……」
隠したところでどうせ後でバレるし、諦めて相沢さんに洗いざらい事情を説明してしまう。
「……ということで、ロミジュりながら走らなきゃいけなくなりまして……」
「ロミジュりながらって……新しい動詞を生み出さないでよ~」
あははと笑いながら、「ま、頑張ってよ」と言う相沢さん。
「どうせ他の部活だって、恥さらしみたいな感じで走るんだろうし、ちーちゃんだけ浮くってことはないでしょー」
「ちょっと? 私は恥さらし確定みたいな言い方辞めてくれる?」
「ああ、でも観客がちーちゃんを見て、“なんだあの美少女は?!”みたいになる可能性はあるかもね」
「万一そんなことがあったとしたら、その観客たちとやらは一刻も早く眼科を受診した方がいいと思うよ?」
「ま、それはないか~」
「いや、自分で言っておいて否定しないでよ」
「あはは~」
相変わらず、まるで雲みたいにつかみどころのないことを言っておどける彼女に、私も思わずつられてふふと笑ってしまう。
多分、相沢さんなりに私のことを気遣ってくれたのだろう。
「ま、私は見事部活動対抗リレーの出場は回避したので、外野として存分に楽しませてもらうけどね~」
「……」
……気遣ってくれたのだ、と、信じたい……。
最後の一言が私の感動を押し流していったのを感じて虚無っていると、いつの間に来たのか背後に音羽が立っていた。
「うわっ、急に私の背後に立たないでくれる?! 殺すよ?!」
「いやゴルゴじゃないんだから……それよりちーちゃん、そろそろ着替えに行く時間だよ」
「あー、ホントだ。じゃあごめん、相沢さん、またあとで」
「うん、いってらっしゃ~い。ちーちゃんのジュリエット、楽しみにしてるね~」
うわ~~~行きにくいナ~~~。
そんなことを思いつつ、あははーと作り笑いを浮かべて、私はその場を後にしたのだった。
後編へ続きます。




