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第8話 滑舌魔女と幽霊少女 前編

久々の更新になってしまってすいません。

第8話です。

 彼の入部以降、演劇部では新入生向けに強化月間が開催されることとなった。

 演劇部強化月間、なんて言うとまるで何か大仰なイベントのように聞こえるが、その実態は音羽が勝手に命名しただけの、単に彼に見学の時に教えきれなかった身訓やら発声やらのノウハウを、集中的に詳しく教えようという期間のことで。

 「色々説明するからしっかり覚えてね」と彼に言うと、口ではわかったと言いつつも、新の顔には大きく「エチュードは……?」と書いてあったのを私は見逃さなかった。

だから演劇部は何もエチュードばかりしてる部活じゃないよって言ったのに……って、あれ、言ってないっけか。


「よし、じゃあ今日の部活を始めます。よろしくお願いします!」

「「「よろしくお願いします!」」」


 いつもの礼から今日も部活が始まる。

 新も今日はしっかりと忘れずに体育着に着替えていた。

 ちなみに私も音羽も神原先輩も、部活の時にも体育着ってどうなのという言い訳程度の乙女心から、学校指定ではないスポーツウェアを着て部活に参加している。


「じゃあ出欠取ります。まず、高1は全員いて、んで、高2は凛ちゃんが欠席っと……」

「凛先輩って……前回『いずれ会う機会があるから』っておっしゃってた先輩ですよね?」


 指さし確認をする神原先輩に、新がさっと手を挙げてそんなことを聞く。


「うん、そうそう。彼女、ちょっと特殊でね」

「特殊?」


 首を傾げる新に、神原先輩はニヤッと笑って「幽霊なんだよ」と告げる。


「ゆ、幽霊、ですか……?」

「あれ、思ったより怖がらないのね」

「これだけ変人揃いの演劇部ですし、人間やめてる人が1人くらい居てもおかしくないかなって」


 ん? 今さらっと酷いことを言われた気がするぞ?

 そりゃ無駄に美人なギャルとか、かっこよさを具現化したかのような先輩とかはいるけど、でも私は至って普通の一般人だよ??

 オイオイという気持ちでいる私をよそに、音羽は


「高1男子が幽霊って聞いただけで怯えてたら、それもどうなのって気はするけどね」などと楽しそうにけらけらと笑ってみせる。


 うーん、解せぬ。


「幽霊ってのはあだ名みたいなもんだよ。凛ちゃんは一部で『保健室の幽霊』って言われてるのさ」

「『保健室の幽霊』? なんですかそれ」

「保健室にしか出ない幽霊みたいに綺麗な人、っていう、ある種の畏敬の念の()もった異名らしいよ。いつの間にか誰かが言い出したみたいで、詳しいことはわからないけど」

「へぇ……」


 綺麗な人かぁと小さな声で呟く新。

 新とて思春期男子の端くれ。

 どうせロクなこと考えてないんだろうなァと、勝手にそんなことを思ってみる。


「あ、でも『保健室の幽霊』って、凛ちゃんには言っちゃだめだよ? 本人は距離を感じるから嫌だって言ってるから」

「わかりました」

「さて、少し話が逸れちゃったね。じゃあ、今日の活動に移ろう。まずは身訓(しんくん)なんだけど、新くん、実際にやったことはないんだよね?」

「はい。なんかラジオ体操みたいなもんだって説明されました」

「そうそう、アクロバティックなラジオ体操って感じ」

「あ、アクロバティック、ですか?」

「何はなくとも実際に体験すればわかるさ! 音羽ちゃん、CDプレイヤーの用意は?」

「いつでも大丈夫です!」

「オッケー、じゃあミュージック、スタート!」


 唖然としたままの新を置き去りに、そのまま急発進する神原先輩を視界の端で捉えつつ、新には「今回は私達のを見様見真似(みようみまね)で頑張ってみて」とだけ言っておく。


「見様見真似って、ええ?!」

「大丈夫大丈夫、何とかなるから」

「お、おい、千代!」


 そして「ンな雑な!」と困惑している新をよそに、ここ1か月ですっかり聞き慣れた異国風の音楽が流れだし、そして身訓が始まった。



 「身訓って結局何なんだ」と言われたら、先輩の言葉を借りて「アクロバティックなラジオ体操」と説明する以外にないと、不本意ながら私はそう思っている。

 一度体験してもらえればわかることなのだが、CDプレイヤーから流れるどこで仕入れてきたのかわからない異国風の曲に合わせて、本家ラジオ体操にある動きはもちろんのこと、それ以外にも舞台上で使いそうな動きを様々織り交ぜて全4曲、たっぷり20分にもわたって体操させられるというよりは踊らされるという、アクロバティックなラジオ体操としか説明しようがない訓練なのである。

 入部して1か月の私や音羽は流石にもう慣れたものだが、しかし案の定曲が終わるなり、新は床に突っ伏して「ツカレタ」と死にそうな声を上げた。


「演劇部って全然文化部じゃねぇのな……」

「だから言ったじゃん。うちは準運動部みたいなもんだって」

「そういや言ってたなァ……」


 まさかマジだとは思わないだろとぼやく新に、音羽が「じゃあ次、発声だね」とサラッと地獄に突き落とすようなことを言う。


「……ハードだな」

「まあまあ、慣れたらそんな死にかけのゴジラみたいにはならないから、大丈夫だよ」

「俺、そんなオキシジェン・デストロイヤー喰らったみたいな顔してるか?」

「誰に伝わるのさ、そのネタ」」


 そんな会話を交わしつつ、私達はテラスへ移動する。


「さて、新っち。前回私が出した宿題、やってきたかな?」

「宿題……?」

「その様子だと忘れてきたみたいだね~。ほら、腹式呼吸を練習してきてねって言ったじゃん」

「あ、そうだったな……すまん」

「謝らなくていいけど、その分しっかり練習してもらうからね!」

「おう。この間の東雲みたいになれるように頑張るわ」

「目標は私より神原先輩にしといた方がいいと思うよ。先輩、私達の比じゃないくらい凄いから。ね、ちーちゃん」

「そうだね」


 ちらっと神原先輩に目をやると、先輩は「なに?」と首を傾げて見せる。


「いえいえ、先輩は凄いなって話をしてただけです」

「え、そう~?」


 照れくさそうにしつつも、まんざらでもなさそうな様子の神原先輩。


「さて、改めて発声についてだけど、この間説明した『あー』って叫ぶ長音の他に、『あッ』『いッ』って叫ぶ短音っていうのもあるのね。とりあえず、軽く教えるからやってみて」

「おう」


 長音が母音のみを伸ばす発声の訓練である一方で、短音は順に母音を単発ではっきりと発声する訓練で、これにさらに滑舌分野ではあるが、あ行から順に「あいうえお・いうえおあ・うえおあい・えおあいう・おあいうえ」と繰り返していく発声法を身につければ、舞台上で必要とされる発声法は大方マスターしたことになる。


「滑舌は主に早口言葉とか、あとはニュース原稿の朗読とかで鍛える感じかな」

「ニュース原稿ってのは?」


 新が言い終わるかどうかのところで、目を輝かせた神原先輩がすかさず暗記しているニュース原稿をそらで読み上げてみせる。

 例えばこんな感じ、と。


「『今日未明トリニダード・トバゴの高速増殖炉もんじゅで老若男女が偽札造りをしている事が判明、マサチューセッツ州から貨客船マンギョンボン号に乗り、六カ国協議のもと低所得者層の腹腔(ふくくう)鏡手(きょうしゅ)術中(じゅつちゅう)摘出(てきしゅつ)手術(しゅじゅつ)などを行った模様です』……とかね!!」


 息を荒げながらも渾身のドヤ顔を披露する神原先輩に、私達3人は盛大な拍手を送る。

 というか、最早ここまでくると、一周回って何が凄いのか直感的にピンときにくいレベルですらあるけれど。

 さらに言えば、あんな言いにくい原稿を全部暗記しているってこと自体、はっきり言って異常だ。

 呆然と口を開けている新に、「別に見て言えるようになればいいんだからね?」と一応補足しておく。


「……なんか、見本が凄すぎて、全然自分ができるようになるビジョンが見えないんだが」

「それな」


 以前配られたニュース原稿の束を取り出しつつ、苦笑してそう返す。

 正直、こればっかりは本当に練習あるのみといったところなのだが、いかんせん一筋縄ではいかないことこの上ないわけで。

後編に続きます。

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