第7話 そんなあなたにエチュードを 後編
後編です。
「準備良いですかー?」
「うん、まあ何も思いついてないけど大丈夫!」
「そ、そう?」
微妙な顔を浮かべながらも、最初ということもあってまずは音羽が手を叩く。
エチュード開始だ。
──ねえ、そういえば最近、ちょっとこの辺治安悪くない?
少し考えてはみたものの、特に何も題材が思いつかなかったのでテキトーに思いついたことを言ってみる。
こういうのは、ある程度は相手が流れを作ってくれたりするので、まずは思いついたことを言ってみることが大事なのだ──と、私は勝手にそう思っているが、実際のところどうなんだろうか。
──そうねぇ。この屋敷周辺にも、盗賊の類が出るようになっているらしいわね。
……なぜお嬢様言葉。
と思いつつ、何はなくとも乗るしかない、この流れに。
──だから私思うんだけど、あなたの財産を使って、治安を守る組織みたいなものを作るっていうのはどう?
──治安を守る組織? 裁判所とかかしら?
──いや、その一歩二歩手前の段階の話なんだけど。警察とか、自警団とか、そんな感じの。
──ああ、そうですの。庶民はそんなものに頼ってるんですのね。
──貴族だって頼ってるとは思うけどね。で、どうかな?
──そんなことに私の財産を使うなんてどうかしてますわ!
──いや、さっきまで治安が悪いのは嘆かわしい、なんとかしたいみたいな雰囲気出してたじゃん!
──いえ、あなたをからかってみただけですのよ?
──性格が悪い!!
パチン。
最早後半ただのボケとツッコミと化してしまっていたが、まあある種模範的っちゃ模範的なエチュードはできた……と信じよう。
「すいません、なんか変な感じになっちゃって」
「ううん、大丈夫だったよ」
するとじーっと私達を見ていた新が「敬語も使わなくていいんですか?」と聞いてくる。
「うん。エチュード中は先輩とか後輩とか気にしないで、役柄を中心に考えてくれればいいから」
「わかりました」
続いては私が抜けて、代わりに入った新と神原先輩の2人だ。
「では行きますね~?」
パチン。
──やあ、こんなところで会うなんて奇遇だね、我が大親友!
──あ、えと……よう、久しぶりだな、大親友!
一瞬どうしようかと迷った風の新だったが、なんとか神原先輩が作った話の流れに乗る。
──しかしホント、まさか空の上で君に会うなんて、不思議なこともあるもんだねぇ。
……空?
私のみならず、一瞬誰しもの頭にクエスチョンマークが浮かぶ。
これは神原先輩、仕掛けてきたなぁ。
しかし意外にも新は涼しい顔で「ホント、びっくりだよな」と台詞を続ける。
──まさかお前もこの飛行船に乗ってたとは。かなり高かったろ? そんな大金、よく払えたな。
──それはお互い様だろ? でも、やっぱり多少無理してでも一度くらいはって思ってな。
──だよな。帝都に生まれたからには、やっぱり一度くらいは空の風を味わっておきたいってもんだよな
──ホントそれ。でも、やっぱ高いもんは高いよなぁ。これでも昔よりは安くなってるらしいけど、でもたった数時間空に上がるだけでリンゴ3つだぜ? ぼったくりもいいところだよなぁ。
──リンゴなんてこのご時世、そうそう手に入るかっての。
お、展開が意味不明になってきたぞ?
パチン。
と、先の展開が気になり始めたところで音羽が手を叩き、一旦終了する。
「新くん、よかったよ! 始めてにしては上出来だよ! 我ながら変な展開にしちゃったなって思ったけど、よくついてきたね」
「いえいえ。むしろ、なんか変な話になってからさらに楽しかったです」
そう言って笑う新を見て、ああよかったと、どこか安堵のようなものを覚える。
「じゃあ次、新くんと音羽ちゃん!」
「はいっす。今度は新っちが話し始める番ですよね?」
「ああ、そうか」
「私、全力で振りを無視した展開にするから覚悟してね?」
「マジか……」
音羽のあの宣言は不安だなぁ……と、期待半分心配半分で私は手を叩く。
パチン。
──あのさ、この間の俺の告白、考えてくれた?
お、いきなり結構上手い入り方だ。
告白系はその先の展開を明白にしたいときに使う常套手段なのだ。なにしろ、相手はまず告白に対するイエスかノーを言わざるを得なくなるからだ。
さて、音羽はどう出る?
──ああ、この間告白してくれた“町はずれの銀行を襲おう”って計画のことね。いいよ、私も最近金欠気味だし、その話乗った。
……オーウ、これまたなんという想定をぶち壊す恐ろしい一手……
これには新はもちろん、神原先輩も顔に「音羽ちゃんとペアじゃなくてよかったぁ」と滲み出ていた。
──そ、その話もそうだけど、ほら、他にも色々話したじゃんか。その、俺がお前のこと好……
──ああ、「俺がお前のこと好きになる確率くらいしかないだろ、失敗する確率なんて」ね。
──そ、そんなこと言ったっけか。
──あら、私はしっかり覚えてるわよ? それより、襲撃はいつにする? 明日? それとも今日?
──そんないきなりできるか! やるにしても、入念に準備しないと……
──“やるにしても”? あなた今“やるにしても”って言った? あなた、その程度の気持ちで私に声をかけてきたの?
──いや、そういうわけじゃ……
パチン。
なんだか新が気の毒になってきたので、少し早い気もしたが手を叩いて場を終わらせる。
さて、次は……音羽と私か。
……気が重いなぁ
「千代、頑張って!」
「いや、新が私に頑張ってて言うのはおかしいでしょ!」
言いたくなる気持ちは痛いほど知ってるけども。
「はあ、仕方ないか」
ここまできたら仕方ないか。なんとかしよう。
ふうと深呼吸をして、私は音羽の前に立ちはだかったのだった。
*
その日の帰り道。
音羽との酷いエチュードを脳内からかき消すことに成功した私は、音羽と新と3人で、帰宅する人でそこそこ混んでいる電車に揺られていた。
あの後、だんだんとやり方がわかってきた新の希望で、他にも数種類のエチュードを回し、盛り上がっているうちに私達はあっという間に最終下校時刻を迎えてしまった。
本当は先輩から発声の詳しい説明とかもしてほしかったのだが……まあ、見学者目線で言えば明らかにエチュードとかの方が楽しいし、仕方ないっちゃ仕方ないか。
案の定駅に向かう道中、新は始終興奮気味にエチュードが楽しかったという話をし続けていたし、結果オーライだろう。
……いや、でも1つ言っておくけど、別に演劇部ってずっとエチュードばっかりしてるヤバい集団なわけじゃないからね?
と、そんなことを言っても無駄だろうなぁと、楽しそうに語る新の横顔を見てやれやれと頬を緩ませる。
最寄り駅で音羽と別れ、2人で夜道を歩きながら「ホント、よかった」と私は口を開く。
「よかった? 何の話だ?」
「新が楽しそうでよかったって話。ほら、やっぱりキッカケがテキトーだったから、その分不安だったのよ。私としても、演劇部に連れてって、新が楽しそうじゃなかったらなんか嫌だなって」
「ああ、なんか負担かけてたみたいで悪かったな」
「別に負担ってほどじゃないけど……でも、私がいたから演劇部にした、って理由は……私としても思うところがあるというか何というか……」
小声でそう呟くと、新は「ん? なんか言ったか?」と間抜けな返事を返す。
「なんでもないですよーだ。でも、楽しかったのなら本当によかったよ」
「おう、すっげー楽しかった。ありがとな、千代」
そう言って笑う新に、私は照れ隠しに拗ねたフリをして
「感謝してよね、まったく」と捨て台詞を残して、彼と別れて自分の家に入る。
「……新」
雑に靴を脱ぎ散らかして自分の部屋に直行し、カバンを放り投げてそのままの格好でベッドに横たわる。
カーテンを閉めた窓からじんわりと差し込める夜の光に照らされながら、私はぎゅっと枕を抱きしめて「はあ」と満ち足りたため息をつく。
「楽しかった、か」
改めて彼の笑った顔を思い出してしまった私は、そのまましばらく、枕を抱きしめたままゴロゴロとベッドの上を転げまわっていたのだった。
またまた次回更新は未定…ですが、案外近いんじゃないかしらん?
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では、また。




