悲しいときに、隣にいさせて
夕日が明々と差し込む学校に、放課後を告げるチャイムが鳴る。
あるものは部活へ、またある者は帰路へと立つ。
そんな中、俺は一人ぽつんと、夕焼けが鮮やかに見える保健室のベッドに横たわっていた。
俺が好きな人がいるとカミングアウトをした後、久しぶりに嫌な思い出を思い出し、気持ち悪くなって、保健室に行くことにした。保健室について、気が抜けたのか、俺は、ドアの前で倒れてしまった。それを養護教諭の先生に助けてもらって、ベッドで寝かせてもらっていたのだ。
「あら、ずいぶんと寝坊してたのね。もうすでに授業は終わっているわよ」
俺が起きたことに気づいて、話しかけてくれる。
「それにしても、何であんなところで倒れていたの?」
「……その、昔のことを思い出して、気分が悪くなったので、保健室に行こうと思ったんですけど、ドアの前で力尽きてしまったみたいです」
「そうなの。まぁ、よかったわ、何にもなくって」
それ以上、先生は追及することはなかった。倒れるまでの思い出とはどんなのだろうと思っただろうが、不躾にそれを聞くのははばかられたのだろう。それに、また倒れでもしたら面倒だからだろう。そんなことを考えながら、ふと思う。
俺は、愛希が死んでから、一晩中泣いて、泣いて、泣きまくって、それこそ一晩じゃすまないくらい、号泣して、そして、枯れた。愛希のお葬式にもいかなかった。愛希が死んでからは、二、三か月ほど、不登校になっていた。一日中部屋に閉じこもっていた。食事も家族ととは一切取らず、家族といっても、妹と叔母と祖父母だが、不登校の間、一切を自分の部屋で暮らしていた。何をするでもなく。たまにすることといえば、読書か、勉強くらいだった。自我を忘れた人間のように、毎日を生きていた。そんな時だった。しびれを切らした妹が、ある場所へ連れて行ってくれた。「たまにはお日様の日も浴びなきゃだまだよ」と言って、俺の手を引いて連れ出してくれた。ひかれるがまま、歩き続けて、たどり着いたのは――、
――愛希の墓だった。
もう涙は、枯れてしまったはずなのに、それを見た途端、瞼に大粒の涙がたまっていった。俺は必死にこらえようとしたが、すぐに諦めた。止まらなかった。止まるはずがなかった。それは今までの自分の過ちを償うように、瞳から湧き出てきた。
――葬式、行かなくてごめんなさい。
――涙を枯らしてしまってごめんなさい。
――君を守れなくてごめんなさい。
――君を一生幸せにできなくてごめんなさい。
俺は愛希が死ぬ時、死んでからの過ちを懺悔した。引きこもったことも、きっと愛希がいれば、無理やりにでも引きずり出して、叱ってくれただろう。君がいないからこうなってるっていうのに。
でも、最後の懺悔をしたときに――、
――そんなことないよ。私は、死ぬまでずっと幸せだったよ。死ぬ時だって、笑顔でお別れできたじゃん。
そんな声が聞こえた気がした。一瞬にしてあの時の映像が蘇る。
引かれる寸前、
「…っ‼愛希危ない‼‼」
「…へ?」
「…っっっ‼」
声にならない叫び声が響いた直後、
彼女は、確かに笑っていた。
「…うっ!…あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああっ‼‼」
俺の泣く叫びは、この霊園の山中に響き渡った。
その後は、家に戻って、家族に迷惑かけたことに謝った。
それから、毎年、愛希のお墓に行っている。そして、めいっぱい泣いた後に、満面の笑みを置き土産に帰るのだ。
俺が、涙を出すことも、思いっきり笑うことも、墓の前以外では、もうしたことがない。
「……?」
そんなことを思い出していると、先生が不思議な顔でこちらを覗いてくる。
俺はベッドから降りて、保健室のドアに向かう。
「ほんとにありがとうございました。…ほんとに、大事なものを気づかれてくれました」
そういうと、先生は一層不思議そうな顔をする。だから、俺は、こう言う。
「…とっても大切な、忘れてはいけない、俺の一番の思い出なんです」
「…そ、そう。ど、どういたしまして?」
拭いきれない、というか一層増す不思議さに、言葉がきりを付けた。
「では、失礼したした」
「…はい。気を付けてね」
「はい、ありがとうございます」
保健室を出て、学校を出て、家に向かおうと思ったけど、思い立って、進路を変える。
久しぶりに、逢いに行こうと思った。体も拭いてあげないと。もう何か月の洗っていないだろうし、何度も雨にかかっているだろうから。
――今日、君に会いに行くよ。寂しがってるかな。俺に会いたがってるかな。
――俺は、逢いたいよ。
――大切な君の、悲しい時はすぐ隣に、いさせてほしいな。