喧嘩
よく晴れた日の朝の思い出から、少し時間が過ぎた刻。日は高く、さんさんと照り付ける太陽はアスファルトからこれでもかというほどの陽炎を作っている。
登校時間、それが夏ともなれば、少なくとも憂鬱になる人は一定数いるだろう。あるものは学友としゃべり、またある者は一人憂鬱だと呟いたり。
そして俺もまた、声には出さないが、この暑さに嫌気がさしていた。
「よす、葉月」
ふいに後ろたら肩をたたかれた。いきなりだったものだから、少し体をビクンと跳ねさせて、後ろに振り返った。
「なんだ、利津か。おはよ」
「おう」
なんだ?いつもの元気な利津が、今日はなんかしおらしいな。何かあったんだろうか。
「そういえば、茜はどうした?いつも一緒に登下校してんのに、何で今日は一人なんだ?」
「うっ…。それは――」
利津が何かを言おうとした瞬間葉月の横から、ふわりとした風が舞った。見ればそこには黒髪ロングの清楚な女の子が俺の隣で歩いていた。
「おはよ、葉月」
「……おはよ」
なんだか今日の茜さんは不機嫌の御様子だ。何かあったんだろうか、と考えて、すぐにやめた。というよりすぐに答えが出てしまった。
「…お前ら、喧嘩したんだな」
「ギクっ…」
「………」
正解だったようだ。すごい分かりやすいな、この二人。特に茜。
「で、何があったんだ?」
「ぅ……」
「………」
二人は口を開こうとしない。こういう時、ホント茜は面倒だ。お得意のお口チャックを使うからだ。毎回何で釣ろうか迷ってしまう。まぁ、釣ればすぐに引っかかるんだけど。
「なぁ、茜。今度、遊園地のチケット上げるよ。ペアチケット。あの新しくできたとこの」
「え!ほんとに!やったー、じゃあ、利――。璃珂と遊びに行こうかな」
「そうか、やっぱり喧嘩してんだな。それじゃああげれないかな~。利津と仲直りするか、喧嘩の内容を教えてくれたりしないかな~。そしたら――」
「――利津が、ほかの女と歩いてたの」
「…へ?」
うまく釣って聞き出せたはいいが、そんな内容だとは思はなかった。
「…っ」
利津も利津で、苦い顔をしているから、それは事実なのだろう。でも、何で。だって、昨日まであんなに仲が良くて、茜のことが大好きだったのに、何かの間違いなのではないだろうか。
「なんか事情があったんじゃないのか?だって、利津が茜を差し置いてそんなことするようには思えないけど…」
「……っ」
しかし利津は俺の発した言葉により一層の苦しそうな顔をした。
「…おま、まさか……!?」
「……」
利津は返事を返さない。否、反論を返さない。真実であるが故に、返す言葉が出てこない。田川といって、肯定の言葉も出すことができない。それ故に、無言になってしまい、それこそ肯定の意になってしまう。そんなことしかできない。そんなことをするしか許されない。そんなように、利津は固まったまま何も動かすことはなかった。
「利津、お前……。昼休み、ちょっと俺についてこい。話したいことがある」
利津は無言でうなずいた。今度は、しっかり首を縦に振る。一度だけ、小さく。だけどそこには、確かなる決意があった。
「……ふん」
茜はというと、無言の肯定に、怒りが沸き上がったか、それから、昼休みまで、否、まだ先のことだが、三日間、ずっと利津と話すことも、目を合わせることもしなかった。
少しずつ少しずつ登校していくつもりです。
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