二月六日(木)10: 『防壁』
召喚の門は、次の犠牲者を求めて、未だ口を開いたままの肉食動物だ。
俺は召喚の門から何歩か離れた。しかし、展望フロアにいた人達をほとんど全員吸い込んだ召喚の門に対して、数歩離れることは意味がないと思い直して踏みとどまった。
「召喚の門について、分かったことがある」
俺は端的に告げた。できれば、この報告は次周を待たずに、今やりたい。白蕗さんに話して、知恵を借りたい。
「時間が限られていますので、手短に」
白蕗さんに促され、俺は自分の考えを述べることにした。
「この展望フロアがこんなことになるときに、『召喚の門に告ぐ、強き勇者をここへ召喚したまえ』って言葉は、みんな聞いていると思う」
白蕗さんだけでなく、日向さんや雲川さん、さらに悟暁高校の女子四人も頷いた。
「そのあと、なぜか俺にしか聞こえないんだけど、『召喚魔法は成功した。ただし召喚は成功しておらぬ』って言葉が続く」
「はい。月曜日にお教えいただきました」
白蕗さんが補足してくれた。助かる。そして同時に、俺は背筋が冷えるのを感じていた。
「そして、白蕗さんともあろう人が、この召喚の門は意思を疎通することができることに気づけていない」
俺がそう言うと、白蕗さんは目を見開いて飛び退った。なんだかラスボスが正体を暴かれたみたいな感じだが、もちろん白蕗さんはラスボスではない。ないはずだ。
「防壁!」
白蕗さんは両腕を左右に広げて叫んだ。俺には白蕗さんが何をしているのかは視えないが、バリアと言ったからには、バリアなんだろう。
白蕗さんは、自身の周りを見回している。両腕を広げたくらいの範囲に、バリアを張っているのだろうか。
しかし、バリアってなんやねん。ここへ来て能力の新しい使い方を披露するとか、白蕗さんは何者なんだよ。
「なんてこと。操作されている」
白蕗さんは何かを確認したようだ。そして両腕を下ろして俺達のところに戻って来た。
「気づきませんでした。私達は認識を操作されていました。いえ、阻害されていたと言うべきでしょうか」
「えっ、まさか宮田くんが?」
雲川さんが驚愕の表情で周囲を見回す。いや、宮田は黒幕ではないよ。
「いいえ。宮田さんではありません」
さすが白蕗さんだ。誰が認識を阻害しているのか、気づいたようだ。
白蕗さんに目で促されて、俺は説明を続ける。
「召喚の門に俺の能力を試したんだけど、『こんにちは』と言うと、まるで反響するみたいに同じ言葉が聞こえたんだ。俺は最初、能力が弾き返されて俺に返ってきているんだと思った」
今の「こんにちは」も日向さんは華麗に避けていたけど、見なかったことにしよう。
「しかし、『さようなら』という、俺の能力でも何でもない挨拶にも、『さようなら』という反響があった」
今度は日向さんは避けない。能力でも何でもないんだから、避ける必要もない。
「これについて、日向さんに意見をもらったんだけど、日向さんは『もしかすると、小林くんが挨拶したから』と言ったところで、その先を忘れてしまった」
「私は度忘れだから恥ずかしかったんだけど」
日向さんが照れたように言う。
「いや、それが度忘れじゃないんだよ」
俺は日向さんの度忘れを改めて否定する。白蕗さんが話を継ぐ。
「はい。日向さんの認識と記憶が、つい先程改竄されていますね。宮田さんの能力と同様のものですが、宮田さんではありません。宮田さんの『改変』よりも高度で、改竄されていると知っていて視て、ようやくそうだと分かるくらいです。そして、同様の改竄が私を含めた皆さんにも行われています」
「そう、俺が挨拶したから、挨拶を返した。それを知られるとまずい存在の仕業だと思う」
俺がそう言うと、白蕗さん、日向さん、雲川さんは召喚の門を見た。
そうだ、この召喚の門は、誰かの依頼を受けて、強い勇者を召喚しようとしている。つまり、意思を持っている。しかしこの召喚の門は、意思があることを隠そうとしている。意思疎通できることに気づけないよう、俺達の認識や記憶を改竄している。
こいつは何だ。こいつは何なんだよ!
俺は召喚の門を睨んだ。




