二月六日(木)9: かつてない恐怖
『もしかすると、小林くんが挨拶したから、えっと、あれ、何を言おうとしたんだっけ?』
日向さんが言いかけて忘れてしまった内容が分かった。そして、なぜ日向さんが忘れてしまったのかも分かった。
自分でも信じがたいが、犯人は召喚の門だ。
俺は日向さんの目を見て言った。
「日向さんが言いかけたのは、『小林くんが挨拶したから、挨拶を返した』ということだと思う」
「えっ、そうかな」
俺の中では確信に近いものがあるが、それがちょっとだけ揺らいだ。しかし、そう考えると辻褄が合うし、そうじゃないと辻褄が合わない事実がある。
「どうなさいました?」
白蕗さんが近づいてきて声を掛けてくれた。雲川さんも能力を試し終えたのか、俺達のところに来た。雲川さんの能力の新しい使い方、見ている暇もなかったな。
大展望台二階が騒がしくなった。次の客がエレベーターで上ってきて、荒れ果てたフロアに誰もいないことに気づいたようだ。いずれ二階に誰も残っていないことに気づき、一階に降りてくるだろう。時間はもう残されていない。
いや、ちょっと待て。俺は大きな勘違いをしていた。この日本電波塔のエレベーターは、フットタウン一階から大展望台二階のエレベーター降り場に到着する。そして、エレベーターは大展望台二階から大展望台一階のエレベーター乗り場に降りてきて、帰る客を乗せてフットタウンに戻る。このように周回することで、乗り降りする客が対流せずに済む。
つまり、大展望台二階にエレベーターが上がってきたということは、すぐに大展望台一階にエレベーターが降りてくるということだ。エレベーターが一階降りるのに、何秒かかるというのか。
そもそも、二階の騒がしさがここまで聞こえてくるのも、エレベーターで上がってきた人達が俺達の真上で騒いでいるのが、エレベーターの昇降路を通して聞こえるということだろう。距離としてもほんの数メートルだ。
この日本電波塔のエレベーターは、アテンダントがエレベーターの運転を行うから、無人のエレベーターが降りてくることはない。少なくともアテンダントが降りてきて、このエレベーター乗り場の前に出現している召喚の門に気づくはずだ。
しかし、今までの周回で、一階のエレベータードアが開いたことはない。二階で止まったままなのだろうか。それとも一階をスルーしてフットタウンまで降りていったのだろうか。
俺は全身が総毛立つのを感じた。もしや、エレベーターを運転するアテンダントの認識も操作されているのではないか。そして、アテンダントは今回は降りる客が一人もいなかったと思いつつフットタウンに降りて、次の客を展望フロアに運ぶわけだ。
もしや、召喚の門は、元々展望フロアにいた人達を吸い込んだだけでは飽き足らず、さらに上がってくる客を次々と吸い込む気なのだろうか。
突如、俺は白蕗さんの言葉を思い出していた。
『はい。今まさに召喚がおこなわれている真最中、もしくは何か問題があって召喚が途中で止まっていると思われます』
こいつはまだ召喚を実行中だ。満腹した肉食動物ではなく、次の獲物を待っている肉食動物だ。
恐ろしい。俺は、召喚の門に対して、かつてない恐怖を覚えた。




