二月六日(木)8: 召喚の門の仕業
俺はひとまず、自分の能力を一通り全部試しておくことにする。俺の能力全てに対して声が響くような反響が聞こえるのかどうかを試した上で、能力以外の言葉を試すべきだろう。
「こんばんは」「こんばんは」
うむ、やはり反響が聞こえる。
「おやすみなさい」「おやすみなさい」
これも聞こえる。
他の言葉をいろいろ試したいところではあるが、もうひとつ、事前にやっておこうと思っていたことを済ませておこう。
俺は、召喚の門の上部に設えられた女性像、召喚の門の扉、召喚の門の枠に向かって能力を試してみた。結果は全て同じだった。では、召喚の門の向こう側にいるかも知れない誰かに向かって能力を使ってみよう。
「こんにちは」
これは反響がなかった。召喚の門に吸い込まれて消えてしまっただけなのか、召喚の門の向こう側にいるかも知れない誰かに届いたのかは分からない。
俺の能力で判明している言葉は「おはよう」「こんにちは」「こんばんは」「おやすみ」だけだ。他の言葉がないか、昨夜俺は壁掛け時計相手にいろいろ探ったが、見つけることはできなかった。
他に時刻によって変わる挨拶なんてあるだろうか。ネットで検索しても見つからなかったわけだが。
「ちーっす」「ちーっす」
「お晩でやす」「お晩でやす」
うーむ、砕けた言い方とか古い言い方をしたところで、意味的には既出の単語と変わらないよな。駄目だ、もう時刻によって変わる挨拶はネタ切れだ。いや、じゃあ、時候の挨拶ならどうなんだろう。
「今日はいい天気ですね」
これは反響なしか。
「寒いですね」
これも反響なしか。
ふと気がつくと、悟暁高校の女子たちが「何やってるのこの人?」みたいな目でこちらを見ていた。
いや、その、俺の奇行は気にしないでもらえると助かるのですが。
悟暁高校の女子たちは、白蕗さんの周りに集まっていて、召喚の門に対して能力を使ってみた結果を報告しているようだ。白蕗さんは人差指で空中に何かを書き込むような仕草をしている。そうか、宮田がいないから、白蕗さんが記録を残しているのか。
次の周で宮田に記憶を呼び覚ましてもらわないと、俺達の今周の記憶は思い出せない。白蕗さんだけは自分の記録に今周の出来事を書いておけば、何があったのかを知ることができる。たぶん次周の月曜日に白蕗さん指導の下で一人ずつ宮田に記憶を呼び覚ましてもらうことになるんだろう。
悟暁高校の生徒はどうするんだろう。次周の修学旅行まで記憶を呼び覚まさないんじゃ、今周みたいに集まることもできないだろう。白蕗さんが今周と同じようにまた悟暁高校まで説明に行けばいいのかも知れないが、なかなか大変だと思う。いや、寒いから行きたがらなかった宮田を無理矢理連れて行って悟暁高校の生徒の記憶を呼び覚まさせるって手もあるな。
いやいや、今はそんなことを考えている時間はない。そのあたりは白蕗さんがうまいことやってくれるだろう。名付けて白蕗さんに丸投げ作戦だ。
大展望台二階が騒がしくなって時間切れになるまでに、できるだけいろいろ試しておかないといけない。何しろ今周、俺が認識する五周目は、とにかくいろいろあったおかげで、体感的には一か月半くらいかかっている。今回召喚の門とおさらばしたら、次はどれくらいかかるか分かったもんじゃない。
おっと、時候の挨拶でも何でもないけど、ひとつ試してない挨拶を思いついたぞ。
「さようなら」「さようなら」
うおっ、反響があった。「さようなら」が体内時計を調整する能力だとすると、何時にセットするんだろう。いや、そもそもこれが体内時計を調整する能力なのか確認しないとな。
俺は、カフェから拝借してきたアイスに「精霊えいっ」と言って、おそらくものすごく冷たくしたアイスを召喚の門に投げつけている日向さんに声を掛けた。ちなみにアイスがどれくらいガチガチに固くなっていたのかは分からないが、召喚の門の枠に当たる直前に見えない壁にぶつかったかのように粉々に砕けていた。
「日向さん、ちょっと手伝ってほしいんだけど、これが俺の能力なのかどうか確認してほしいんだ」
「いいよ」
「じゃあ、さようなら」
端から見たら、意味が分からない会話だな。
「能力は使ってないみたい」
「この言葉でも同じ言葉が聞こえるんだけど、能力じゃないのか。だとすると、能力が弾き返されて俺に返ってきているわけじゃないのかな」
ますますわけが分からなくなってしまった。
「もしかすると、小林くんが挨拶したから、えっと、あれ、何を言おうとしたんだっけ?」
日向さんは何かを言おうとして途中で忘れてしまったようだ。ちょっと待ってくださいよ、そんなことってありますかね。何だか無理矢理忘れさせられたみたいな感じだったけど。
その瞬間、俺は慄然としながら、辺りを見回した。
「どうしたの?」
「いや、まさか宮田が来ているのかなと思って。いや、違うか。宮田がこんな悪意のある記憶の改竄をするとは思えない」
荒れ果てた展望フロアを見回しても、不審な人影はないようだ。召喚の門に向かって何度も挨拶を繰り返している俺ほどの不審人物はなかなかいないとは思うが。
「小林くん、話をしようとして忘れることってあると思うから、そんな風に真面目に反応されると、困っちゃう」
日向さんを困らせるつもりはなかったのだけど、単に度忘れなら、こんなマジ反応されても困るよな。
「でも、話をし始めようとしたときに度忘れするならともかく、話の途中で忘れちゃうってのはなかなかだよね」
日向さんは答えない。困らせてしまっているのは申し訳ないが、どうしても何かが引っかかる。
「俺が挨拶したから、俺が挨拶したから、俺が挨拶したから」
俺は日向さんが言いかけて忘れてしまった内容を考える。日向さんも思い出そうとしてくれているようだ。
しばし考えたが、何も思いつかなかった。考えても無理か。
「駄目だ、思いつかない。日向さんは、俺が挨拶したら、どうする?」
「えっ、そりゃ、普通に挨拶を返すと思うけど」
「だよね。あっ!」
俺は召喚の門を見る。
そうか、こいつか。この召喚の門の仕業か!




