二月六日(木)5: ありがたいお言葉
「今の悲鳴はなに?」
先程の崩山一輝の悲鳴を聞いて、日向さんが駆けつけて来た。えっと、どこから説明すればいいのやら。
「さっきまで、悟暁高校の生徒が一緒だったんだけど」
俺は嘔吐を堪えつつそこまで言うのが限界だったが、日向さんは察してくれたようだ。
「白蕗さんが、もう一人の男子は、人の話をあまり聞かないタイプだって言ってたけど」
「まさか、ここまで酷いとは」
俺がそう言うと、日向さんは苦笑した。召喚の門に粉々にされるのがここまで酷いとは思わなかったという意味で言ったつもりだったが、もしかすると崩山一輝の話の聞いてなさっぷりを批判したように聞こえたかも知れない。
少し遅れて雲川さんが小走りにやって来た。周囲の警戒を怠らないあたり、さすが冷静沈着で明鏡止水なだけはある。
「すごい悲鳴が聞こえたけど?」
雲川さんの視線が俺の頭から爪先まで移動する。俺に不測の事態があって悲鳴を上げたのではないか確認しているのだろう。
「俺は無事なんだけど、悟暁高校の生徒が止める暇もなく召喚の門に入ってしまって」
「別に小林くんのことは心配してないわ」
うっ。そうですよね。これはツンデレとかではなく、宮田に「光夫を頼む」と言われたから俺の様子を確認しただけですよね。優しい人だけど冷たいなぁ。ああ、宮田の認識改竄で俺は雲川さんのことをクールビューティーと思い込まされていたが、改めて俺も雲川さんのことをクールビューティーだと思う。
しばらくして、白蕗さんと四人の女子が大展望台二階から一階に降りてきた。四人の女子には見覚えはないが、悟暁高校の能力者なんだろう。いや、四人のうち一際背の高い女子は、どこかで見た気がする。ああ、そうだ、金槌作戦のときだ。
この下りエレベーター乗り場のすぐ近くに、スカイウォークウィンドウという、床の一部がガラスになっていて145メートル真下の様子が見える窓がある。そこに悟暁高校の生徒が集まっていて、スカイウォークウィンドウの上に立って写真を撮ったりしていた。そのうちの一人の女子生徒が、景色を見もせずにエレベーターを見ている俺達に気づいて不審げな表情をしていた。
そうか、あの女子か。まさか能力を持っているとは思わなかったな。
「崩山一輝さんの姿が見えないようですが、ああ、そういうことですか」
白蕗さんは俺を視ながら言った。そして白蕗さんは両手を合わせると能力を発動した。俺の口の中の吐瀉物の不快な味が消えた。
白蕗さんが小さな溜息を漏らす。えっと、ここは「止める暇もなくて」と言い訳をすればいいのだろうか。見苦しい言い訳は逆鱗に触れることにならないだろうか。
「ごめん、俺の監督不行き届きのせいで」
「いいえ。これはあの方の自業自得です。おかげで、小林さんの記録にもひどい情報が刻まれてしまっています」
強い想いとか衝撃などで、人を包む風に記録が残るんだっけか。さっきの出来事は、忘れられそうにないが。いや、時間が巻き戻れば俺は忘れるんだろうが、俺を包む風には刻まれたままになるってことか。
ともあれ、白蕗さんが俺の記録を心配してくれているようで、ちょっと嬉しいような気もする。いつも厳しい言葉をいただいているからな。たまにこうして気遣ってもらえると、反動でちょっぴり嬉しくなる、ちょろい俺なのさ。
そう思った俺が間違っていた。
「このあと小林さんには召喚の門によって気持ちよく粉々になっていただかなければならないのに、小林さんに恐怖心を与えるなど、言語道断です。小林さんを躊躇させるなどの不都合しかありません。まったく余計なことをしてくださいました」
えっと、俺のことを気遣って言ってくれいるわけじゃなかったっぽいぜ。
白蕗さんというすばらしい人格者からいただいたありがたいお言葉に、俺は打ちのめされたのだった。




