二月六日(木)3: 俺にしか聞こえていない
崩山一輝の自分語りに辟易していたところ、トイレの外から白い光が差し込んできた。
前周と同じく、いつもの悲鳴が聞こえなかった。崩山一輝の話し声のせいで聞こえなかったのだろうか。
トイレの外から、悲鳴や怒号が聞こえてきた。トイレにいた人達が、何事かと外に飛び出していく。
「えっ、何か、まずいことが起こってるんすかね」
崩山一輝がトイレから出ていこうとする。そのまま見送ってしまいたい気持ちもあるが、そういうわけにもいくまい。
「今は外に出ちゃ駄目だ」
っていうかコイツ、さっき白蕗さんから召喚の門とこれから何が起こるのかは聞いたって言ってたよな。何でトイレから出ていこうとするんだよ。
トイレにいた人達が外に飛び出していったことで、トイレに残るのは俺と崩山一輝だけになった。
外に飛び出していった人達は、このあと数秒かそこらで命を落とす。前周の俺は、最終的には必ず全員を助ける、諸君死んでくれなどと考えていた。しかし、あの人達にも家族や友人がいて、不幸な出来事があれば心を痛めるだろう。そう考えると、胸が張り裂けそうになる。大声で「行っちゃ駄目だ」と叫びたくなる。
「そっか、外に行った人は、みんな死んじゃうんでしたっけ。俺はやだな、俺は死にたくないな」
崩山一輝がとぼけたことを言ってくれたおかげで、少しだけ気分が楽になった。
『召喚の門に告ぐ、強き勇者をここへ召喚したまえ』
どこかから声が聞こえた。女性の声だ。彼女はどういった事情で強い勇者を召喚しようとしているのだろうか。
そして、嵐のような轟音が去った。
「何すか今の、強き勇者を召喚とか言ってましたよね。ファンタジーの異世界召喚とかなんすかね。もしかして俺も召喚されちゃったりするんすかね。ほんとにこんなことが起こるとか、めっちゃびっくりですよ」
崩山一輝が空気を読まずにめっちゃ感想を述べてくる。俺は人差指を口に当てて、崩山一輝を黙らせようと試みる。このあとの声が聞こえないのは困る。
しかし、崩山一輝のおしゃべりに関係なく、その声ははっきりと聞こえた。男性なのか女性なのか判然としない声だ。
『召喚魔法は成功した。ただし召喚は成功しておらぬ』
崩山一輝を見る。
「今のは聞こえた?」
「ええ、強き勇者を召喚とか言ってましたよね。ファンタジーの異世界召喚とかなんすかね。ほんとにこんなことが起こるとか、めっちゃびっくりですよ」
うむ、どうやら崩山一輝にも聞こえていない、いや、俺にしか聞こえていないようだ。
一呼吸置いて、物音ひとつしなくなったのを確認してから男子トイレの外に出る。
展望フロアには、誰の姿も見当たらない。まるで竜巻でも通り過ぎたかのような惨憺たる有様だ。床には帽子や鞄、土産物、ドリンクのカップなどが散乱している。ドリンクのカップから床に撒かれた飲み物などは一様にあの召喚の門に向かって飛び散っている。
この先に、あれがある。あの忌々しい召喚の門がある。




